ボーダフォンは設立当初から、CEOゲント氏の(1)携帯電話事業しかやらない(2)原則として100%資本取得により事業を行う(3)各国の子会社の社名、ブランド名も原則としてボーダフォンを使う、という戦略の下にグローバルに事業を展開している英国の携帯電話グループである。
最近、欧州の電気通信事業者は既存の3大電気通信会社(DT、FT、BT)も、数多い新興の電気通信ベンチャーも、あるいは3Gの免許料とネットワーク構築のための莫大は借金返済に追われ、あるいは競争激化にともなう投資増と料金破壊による業績の低下に悩まされ、経営不振に悩んでいる。
このなかにあってボーダフォンは、依然としてグローバルに事業の拡大を続け、快進撃を進めている。2002年第3四半期(2002.10.1-2002.12.31)の決算報告においても、同社が所有する携帯電話加入者数は、2002年第2四半期の1億750万から1億1250万(2002年末)に伸びたと称している。また本文で述べる通り、機会を見て携帯電話子会社の株式比率を増やそうという動きも変っていない。ボーダフォンは、バブル期に株価上昇の機運に乗じて果敢なM&A戦略を駆使して事業を拡大し、しかもその後も破綻を示さないのみか、事業拡大を続けているという稀有の優良企業である。同じく携帯電話事業のインフラ構築、携帯電話製造において、大きく他のメーカを引き離しているフィンランドのノキアとともに、欧州電気通信業界におけるサクセスストーリーの立役者というべきであろう。
ところで、このように目覚しい成果を収めているボーダフォンの総帥であり、いまや爵位をさずけられ、「Sir Christher Gent」となったCEOゲント氏は、2002年末、2003年7月には辞任する意思を表明し、周囲を驚かせている(注1)。
ゲント氏は、かつて米国のAirTouchの役員であり、現在米国のベンチャー企業Accel-KKR TelecomのCEO Aun Sarin氏を後任に推薦している。
もっともボーダフォンに問題がないわけではない。2.5世代の技術を利用してのデータ、画像サービスのVodafone Live!は加入者数100万の大台を超え好調であるものの、まもなく開始を予定している3Gサービスについては、他の欧州携帯電話事業者と同様に、さしたる展望も持てないままである。また、投資した外国会社のなかでは、米国のVerizon Wirelessに対する大幅な投資が経営権参画を伴っておらず、現状では大きな問題であり、早晩、解決を迫られることとなろう(Verizonがボーダフォンから買収するか、ボーダフォンが買収するか)。
本文では、ボーダフォンの運営会社支配の状況、Vodafone Live!、3Gとの取組み等について説明することとする。
ボーダフォンの運営会社支配の状況
次表に、ボーダフォンによる運営会社に対する株式所有比率を掲載する(注2)。
表 ボーダフォンが各運営会社に所有する株式取得比率等
国 | 運営会社名 | ボーダフォンの株式取得比率 |
欧州 |
アルバニア | Vodafone | 76.4 |
ベルギー | Proximus | 25.0 |
デンマーク | TDC Mobile | 提携契約 |
フィンランド | Radiolinja | 提携契約 |
フランス | SFR | 31.9 |
ドイツ | Vodafone | 100 |
ギリシャ | Vodafone | 51.9 |
ハンガリー | Vodafone | 68.3 |
アイルランド | Vodafone | 100 |
イタリア | Vodafone Omnitel | 76.8 |
マルタ | Vodafone | 80.0 |
オランダ | Vodafone | 70.0 |
ポルトガル | Telecel | 70.3 |
ポーランド | Plus | 61.4 |
ルーマニア | Connex | 20.1 |
スペイン | Vodafone | 93.8 |
スウェーデン | Europoitan Vodafone | 74.7 |
スイス | Swisscom | 25.0 |
英国 | Vodafone | 100 |
米大陸 |
米国 | Verizon Wireless | 44.3 |
メキシコ | Lusacell | 34.5 |
アフリカ、中近東 |
エジプト | Vodafone | 60 |
ケニア | Safaricom | 40 |
クウェイト | MTC Tele | 提携契約 |
南アフリカ連邦 | Vodafone | 31.5 |
アジア・太平洋 |
オーストラリア | Vodafone | 100 |
中国 | China Mobile | 3.25 |
フィジー | Vodafone | 49 |
インド | PRG Cellular | 20.6 |
日本 | J-Phone | 69.7 |
上表から、ボーダフォンが特に欧州を中心としては、原則マジョリティーあるいは100%株式の所有により、参加事業の支配を強めている様が伺える。その他の地域においてマイノリティー支配が多いのは、これら地域の政府の外資による株式所有比率の制限によるところが大きいためと考えられる。
ボーダフォンが、目標に狙いを付けたらいかに執拗に目標達成につと努めるかは、同社によるわが国の日本テレコム、J-Phoneの経営権取得の過程でも明らかである。また、稀有の例として、ボーダフォンが携帯電話事業の取得に失敗したフランスにおけるSFRの事例については、2002年後半に当テレコムウォッチャーの紙面で詳しく解説したところである(注3)。
なお、ボーダフォンが100%株式を獲得する目的は、当該運営会社を株主、地域の利害と関係なく、実質的にボーダフォンの1事業部門として、経営の意思決定に対する自由度を確保したいということに他ならない。
100万加入を超えたVodafone Live!
ボーダフォンは2002年10月24日から、カラーによる画像伝送ができるVodafone
Live!の販売を始めた。わが国でJ-Phoneが販売している「写メール」と同種のサービスである。
現在10カ国で提供されているこのサービスの加入者数は、ドイツ(375,000)、英国(200,000)、イタリア(190,000)と欧州が主であるが、エジプト、オーストラリア、ニュージーランド等の諸国でも近く提供されるという。
Vodafone Live!は、利用者からの評判もよい模様であり、GSM協会賞を始め、幾つかの賞を受けている。
これまでボーダフォンは、加入者数とサービスエリアの広さにおいて他の事業者を圧倒してきたものの、提供するサービスについては目新しいものがないとの批判が強かった。しかしVodafone Live!は、この定説を打ち破った点に同社にとって大きな意義がある。
CEOのゲント氏は、100万突破記念の際に次ぎのように述べている。
「ボーダフォン・グループにとって、Vodafone Live!をグローバル・サービスとして提供し、しかもわずか5ヶ月間で100万台の大台を達成したことは輝かしい業績である。このサービスは、これまで欧州において最も成功した移動体データサービスであり、新年以来、加入者数増が弾みをつけている」(注4)。
また、ボーダフォンは2002年12月の収入に占めるデータサービスの収入が前年同期の12.7%から16%に増加したと発表している。この数字はかなり高率であって、少なくともボーダフォンのサービスに関する限り、WAP基準によって得られなかった携帯電話におけるデータサービスへの離陸が、2.5世代のGPRS基準により、達成しつつあるといってもよい(注5)。
最後に、Vodafone Live!の端末には、欧州メーカのノキアと並んで、松下、ソニー(エリクソンとの合弁会社、Sony Ericssonの製造による)など日本メーカの進出が目立っている。わが国は、携帯データ通信についてはもっとも経験を積んできた国であるから、これは至極当然のことといえよう。
ボーダフォンも3Gの実施は2003年第3四半期に延期
ところでボーダフォンは、表面上強気の姿勢を崩していないものの、3Gの取り扱いには苦慮しているようである。当初、2002年末までには提供する予定であったサービス実施は、幾度か延期を重ね、2003年第2四半期に達した現在も未だ実施に至ってはいない。
最近の発表では、業務用サービスについてはドイツにおいて2003年春にサービス提供を開始、また住宅用サービスの開始は、2003年第3四半期から実施するという(注6)。
もっとも当面、"キラー・アプリケーション"が見つかっていないという3G実施に当っての最大課題をさておくとしても、3Gサービス提供の遅れは機器メーカによる3G端末の出荷が遅れているという事情によるものであって、現時点において、最大携帯電話メーカのノキアも3G端末を市場に出していない(注7)。
ハッチソンは他の携帯電話事業者に先駆けて、2002年12月に3Gサービスを提供したと発表したが、その実、端末を契約者に提供できず、サービス開始はこれからの模様である。
従って、ハッチソン、ボーダフォン以外にも、2003年内にサービス提供を宣言している携帯電話事業者はあるにせよ(例えばドイツのY-Mobile)、欧州各国における3Gサービスが出揃うのは2004年からであると見てよい。
いずれにせよ3Gは、免許料取得に約100億ユーロ、インフラ構築にさらに110憶ユーロを費やしているという欧州電気通信事業界最大のプロジェクトであるが、将来のサービス展開、加入者の獲得がどうなろうと、投資額の回収は不可能であるという点で、関係者の意見は一致している。
従って、2004年、3Gサービス提供が出揃った時点以降も、このサービスの将来については大きな議論を呼ぶことは間違いない。
(注1) | 2002.12.18付けFT.com, "Vodafone's Gent to step down in July" |
(注2) | 2003.1.13付けFT.com, "Vodafone in talks to buy minority holding"に掲載された表を主とし、最新の資料により1部の事業者の株式所有比率を修正した。 |
(注3) | テレコムウォッチャー、2002年11月15日号「Vodafone とVivendi Universal、Cegetelの支配を巡り抗争」および、2002年12月15日号「欧州電話業界のトピックス2件-VodafoneによるCegetel支配の失敗とMobile Com再建のスタート」 |
(注4) | 2003.3.26付けボーダフォンのプレスレリース、"One million Vodafone Live! Customers" |
(注5) | 2003.1.27付けボーダフォンのプレスレリース、"Vodafone Announces Strong Third Quarter Performance" |
(注6) | 2003.3.11付けYahoo! Finance, "Vodafone To Offer 3G To German Business Users In Spring" |
(注7) | 3G端末市場化の難しさの1つは、携帯電話業者が要求する3GとGSMの機能を兼ね備えたデュアル端末の開発にあるようである。また、この両機能を備えるためには、どうしても重量が普通のGSM携帯電話端末に比し、倍近くになってしまい、この点も悩みのたねであるという。2002.2.18付けヘラルドトリビューン、"Generation gap :Cell phones lag behind development of services" |
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