DRI テレコムウォッチャー


2003年の米国電気通信業界の動向予測
   ―FCC規制の変更にもかかわらず、業績向上は期待できず―


2003年1月15日号

 2002年は、米国電気通信業界にとって悪夢の年であった。ほんの1、2年前まで成長産業の雄として他のIT諸企業とともに、長期間にわたり米国経済の牽引者であると称えられていたのが、今となっては遠い過去のことだと思われるほどの惨状を呈してしまった。業績不振とそれに伴うリストラが相次いで起こり、破産する事業者が数多く生じたし、WorldCom、QwestCommunicationsなど一部の事業者は粉飾決算の嫌疑まで受け、まだ取調べが続いている有様である。
 深刻なのは、この業績悪化がいつ底を打つか見通しがつかないことである(注1)。しかも、新年(2003年)に入って米国のイラク攻撃が間近であるとの観測が強くなり、最近ではさらに北朝鮮の無謀な瀬戸際外交路線のインパクトが加わった。この世界政治の大きな不安定感が米国はもとより世界経済に暗い陰を落としている。不幸にも米国のイラク攻撃が現実のものとなり、さらにこれが長引けば、これが世界不況への引き金になる可能性も考えられる(筆者はこの不幸な事態が起こらないよう毎日切望しているものであるが)。
 2002年後半に、米国の電気通信業界において2003年の動向を占う2つの大きな出来事―FCCの市内通信規制のありかたの大きな転換(UNE-P規制の緩和)とこれと密接に関連したRHCに対する大幅な自社エリア内の長距離通信市場への進出の認可―が生じた。この裁定が米国電気通信事業に大きなインパクトを及ぼすことは確実である。
 以下の各論では、上記の厳しい経済情勢、FCCの新たな規制方針の下で、米国の主要電気通信事業者―長距離通信事業者3社、RHC4社、主要携帯電話会社6社―の2003年の事業がどう動くかを予測する。

 なお今回のテーマについては、年初のことではあり米国で2、3同テーマの観測もなされているが、故意にこれら資料を読まず、筆者の考えのみを紹介したことをお断りしておく。

FCCの新規制の影響は大きいが、その定着には長期を要する
 2003年2月中に発表が予定されているFCCのUNE-Pについての裁定、さらにその後引き続いて数ヵ月後に發出が予定されるブロードバンドに関する規制の大きな変化(結論は多分規制緩和)に関する裁定により、米国における電気通信規制の枠組みが大きく変化することは確実である。
 この裁定の細部は現段階では未だ明らかではない。しかし、FCCは1996年の通信法成立以来、踏襲してきた自社の負担の下にRHC4社の市内回線をアンバンドリングにより開放する方策を廃止して、RHCの自由度を高める方針に大きく方向転換することは確実である。この方針転換はRHC4社に有利に作用する(注2)。FCCは2002年春以降、幾つかの州の公益事業委員会のTelric料金導入に伴う、CLEC、長距離通信事業者(とりわけAT&TとWorldCom)による市内通信事業進出のスピードがRHCの収支を悪化させる事態を考慮し、この動向に歯止めを掛ける意味を持つ。
 しかしその後、新方針が軌道に乗るにはさらに後数年を要することとなろう。

各通信事業者の動向
(1)長距離通信会社3社

 AT&T、WorldComの2社は、すでに経営体力が衰弱しているところにFCC裁定のパンチを受けるので、2003年内に少なくとも住宅用加入者部門の処分(スピンオフあるいは売却)を決断しなければならなくなる可能性が強い。生き残りが可能な事業者は、3社中で最も小さいSprintであろう。同社はすでに好調な2003年第4四半期決算を予告しており、生き残りができよう。AT&Tのコンシューマ部門の脆弱さについては、すでに2002年末に解説した(注3)。

  • 2003年早々、AT&Tは3500名の従業員削減、これに伴う費用と資産の損切り(ラテンアメリカへの投資、2002年に買ったDSLプロバイダーのNorthpoint資産)の赤字を2002年第4四半期、2003年第1四半期に行うという。従って、今後当分AT&Tの赤字決算は続くものと見られる。
  • 破産法の管理を受け、またヒューレット・パッカード社から引きぬかれた新会長Capelas氏のもとで、事業の再建を計っているWorldComの将来も、AT&T以上に多難である。現在、同社は毎月、決算の報告をニューヨークの管轄裁判所に提出しているが、最近の2002年10月の数字によっても、23億ドルの売上げに対し2、3億ドルの赤字を出している。この傾向が続けば、粉飾決算犯罪者として悪名を馳せている同社が厳しい経済環境の下でその業績を好転し得る可能性はきわめて乏しい。同社もAT&Tの場合と同様に、現状の形態での事業再建は破綻に追い込まれるだろう。
  • Sprintは、WorldCom、 AT&T両社に比し業績は好調である。同社が2002年12月初旬に早々と発表した資料によると、2003年第4四半期の収入は37億ドル、利益は1株当り1.35ドルから1.37ドルと金融筋の期待を上回る数値になるという。同社は、徹底したコスト削減、投資の抑制が有効であったといっている(注4)。しかし、Sprintの強みは700万の市内加入者を有しており、これら加入者(比較的、他社への移行が少ない)をベースにパッケージサービスの提供ができる点にある(注5)。

(2)RHC4社
 RHC3社(Verizon Communicatons、SBCCommunications、BellSouth)の状況については2003年11月のテレコムウォッチャーで論じた(注6)。現時点でこの論説の内容を変える必要がないため、ここでは上記3社の動向についての記述を省く。
 ただここで注目すべきなのは、Qwest CommunicationsがRHCの1社として、その地歩の回復に成功しつつあることである。Qwest Communicationsは、IT技術を軸とした新興電気通信事業者のQwestとRHCの旧USWestが合併したIT・長距離・国際・市内通信事業者であるが、1999年以降、過剰投資は経営の破綻を招き、WorldComと共に粉飾決算の嫌疑でSECの調査を受けている要管理企業であることに注目しなければならない。グローバルインターネット企業の方向に向け、しゃにむに同社の革新を遂行したCEOのMacho氏も終に退場を余儀なくされた。
 FCCは2003年12月23日、同社からの9州に対する州内、LATA内電気通信サービスの提供を許可した(注7)。年末においてのFCCのこの一括電気通信サービス提供の許可はそもそも同社が長距離電気通信サービス提供に熱心ではなく、申請も最近であり、しかもSECによる同社の不正会計の調査が継続していることからすると異例に寛容なクリスマスプレズントである。間もなく裁定が出される予定のUNE-P裁定も合わせて考えると、FCCが今後、中核となる電気通信事業者としてRHC4社を選んだことは疑いない。

(3)大手携帯電話事業舎6社(注8)

表 2002年第3四半期における米国6大通信事業者の加入者数等(単位:万)
事業者名
加入者数(2002年9月末)
加入者数増減(年間)
Verizon Wireless
3,150
+80.3
Cingular Wireless
2,210
-10.7
AT&T Wireless
2,015
20.1
Sprint PCS
1,450
-7.8
Nextel
1,010
+48.0
T-MobileUS
890
86.9

 米国の上位6社の携帯電話会社(いずれも米国全土にサービスを提供)は、さしもに需要がサチュレイトし始め、上表に示す通りCingular Wireless(RHCのSBCCommunicationsとBellSouthがそれぞれ60%、40%の株式を所有する合弁会社)とSprint PCS(PCS Communications傘下の携帯電話サービス提供子会社)の2社が前年同期に比し加入者数を減らした。また競争に伴う料金の下落、新規サービス(特に2.5G、3Gサービス)提供のため投資も嵩み、2003年第3四半期決算ではNextelを除き、赤字を計上した。
 加入者増が大きく鈍ってきた現在、事業者数6社はいかにも多く、将来は1、2の事業者が合併、統合に向かうものと考えられるが、RHC傘下のVerizon Wireless、Cingular Wirelessの2社は、親会社と固定・携帯のパッケージサービスの提供を行っているし、すでに述べた通り規制環境が追い風にあることもあり、合併もしくは提携する側に廻るものと考えられる。独立系のうち事業用加入者を主体に独自の発展を続けてきたNextelも、今後黒字基調が続けば、独立路線を継続することとなろう。他の独立系3社のうち、Sprint PCSも親会社が業績好調のため、ここ1、2年で他社に合併されることは当面あるまい。AT&TWirelessも現状では独自路線を歩むこととなろう。残るT-MobileUS(旧Voice Streamで現在ドイツテレコムの1部門であるT-Mobileの一部)は昨年、ドイツテレコムの財務悪化のため、他の携帯電話会社(もっとも喧伝されたのはCingular Wireless)に吸収されるのではないかとの噂が高かった。しかしドイツテレコムの新会長のリッケ氏は売却の可能性を否定し、提携には応じる旨を明かにしている。

 2003年における米国電気通信事業者の動向は以上の通りである。その多くが近々予定されるFCCの新政策の内容いかんに掛かっているともいえよう。
 ただ、FCC裁定の事務案作成の責任者であるFCC有線競争局のMaher局長が、2002年10月2日に「この案件についてはレトリックが多過ぎる。重要なのは事実を洗い出すことだ」と述べている言は貴重である(注9)。筆者は、近く予定されるFCC裁定がどのような事実を根底にして形成されたかの資料入手を楽しみにしている。
 最後に、日本の電気通信政策の策定に関係している人々、通信政策の影響を受ける電気通信キャリアの人々が、わが国の電気通信の実態と米国の経験を参考にして、今後のあるべき通信政策を議論していただくよう要望したい(注10)。

 なお欧州においては、主として3G携帯電話免許料支払、3Gネットワークへの投資が競争加熱により過大のものとなった結果、特に英国のBT、フランスのFT、ドイツのDTが覇権を争ったことも影響して、3社ともに巨額の負債を抱え経営危機に陥るという事態が生じている。上記3社のうち、BTはいち早く資産の切り売り、業務の縮小による固定電気通信に特化した経営革新により、当面、経営危機を乗り越えた。しかし、FT、DTは正に本年から来年に掛け、大掛かりな資産売却、経営刷新に迫られることとなる。この際最大の関心事は、固定通信、携帯電話、ISPを完備しているフランステレコム、ドイツテレコムのいわば“ファミリー”が、BTのように解体されず経営刷新が進むのか、あるいは携帯電話、ISPのいずれか、あるいはすべてを失なわざるを得なくなるのかの点である。この件については、別途紹介をすることとしたい。


(注1) 昨年の後半から、電気通信業界の不況およびそれが長引いている原因に関して幾つもの意見が出された。すでにテレコムウォッチャー2002年8月15日号「FCCのパウエル委員長、米国電気通信事業の危機管理対策を発表」で紹介したように、パウエル氏は景気不況の元凶をインターネット需要の過大見積りに求めている。しかし、不況を単一のものに帰するのは単純に過ぎるのであって、幾つかの他の諸要因が加わった複合不況と見るのが正当であろう。
定量的なデータが得られていないにせよ、私は携帯電話、IP電話の伸びに加え、月額定額制で無定量に使えるインターネットによるメールの利用が音声通信を代替している影響が最も大きいのではないかと推量している。してみると、インターネット普及に伴ってメールの利用が恒常的に増大する限り、電気通信事業は不況から脱出することは難しいという悲観的な結論が導き出される。
(注2)この件については、テレコムウォッチャー2003年1月1日号「間近に迫ったUNE-P案件についてのFCC裁定、予想される大きなインパクト」を参照されたい。2002年1月6日付けウォールストリートジャーナルはこの件に関し、"FCC Plans to Erase a Key Rule Aiding local Phone Competition"という題名のかなり長文の論説(Yochi J. Dreazen 、Shawn Young両氏執筆)を掲載した。この記事は、筆者が書いた論説と論調が酷似している点で興味深かった。またこの記事では、事務当局(FCC有線競争局)が策定している裁定の基本線について、(1)廃止するアンバンドリング要素は当面、交換機部分とする。(2)他のエレメントのは2カ年の経過期間をおいて解消していくとの内容だという。
ただ、業界の利害、FCC委員の信念に大きく影響を受ける肝要な問題であるだけに、事務当局の案が変更される可能性もあり得る。
(注3)テレコムウォッチャー2002年12月1日号「振り出しに戻ったAT&T−予測される厳しい将来」
(注4)2002年12月12日付けYahoo!Finance,"Sprint Sees Higher-Than -Expected Results"
(注5)この点についてSprintの役員Cambell氏は、「当社は、長期にわたり、市内、長距離、携帯の各部門からの製品、サービスを組み立てて販売する歴史を有している」と語っている。Yahoo!Finance,"Sprint's Resdponse to the TNS Study that Names Verizon Vommunications as the Third Largest Long-distant Carrier When Measured by Total Households"
(注6)テレコムウォッチャー2002年11月1日号「成長が止まったRHC3社」
(注7)2002年12月23日付けFCCニュースレリース、"FCC authoraizes Qwest to provide long distannce service in nine states"
(注8)携帯電話会社に関する表は、各社の2002第3四半期決算についてのプレスレリースから作製した。
(注9)2002年10月2日付けYahoo!Finance,"FCC Regulator Sifts Through Facts, Not Rhetoric, in Telecom Debate"
(注10)ついでながら、最近に刊行された書物「通信崩壊」(藤井耕一郎、草思社)は、ユーザーの視点から見たわが国の電気通信のありかたを指摘しており、筆者も同感する点が多かった。わが国の電気通信行政も、米国同様、事実によらず、レトリック(例えばIT市場主義のスローガン)に寄り掛かってきた点がありはしまいか。

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