DRI レポート
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      通信サービス新メニューの萌芽を追う
風間  仁  (海外調査コンサルタント、技術士、DRI顧問)

2003年11月1日号

通信事業を巻き込む著作権紛争

 印刷物・音楽・映像などの著作物がディジタル化され、ディジタルコンテンツがインターネット上で流通し始めると、コンテンツが無主物に見えてきて、著作権は適用されず、希望者はこれを自由に利用できるかのような錯覚に陥りがちだ。だが、著作権のあるコンテンツのコピーは、業務目的に限らず、本来は趣味目的でも違法である。ディジタルコピーは限りなく増殖する。これら不正コピーの存在は堺屋太一が知価社会と呼ぶ現代社会の恥部であり、大きな社会問題でもある。不正コピーの行為が著作権侵害であるのは勿論だが、近年、それを助長する事業者の責任を問う係争も増えてきた。これら係争の中で、いま、日本ではファイルローグ訴訟が、米国ではVerizon訴訟が、それぞれ事業者に注目されている(注1)。

 ファイルローグ訴訟とは、日本レコード協会(RIAJ)と日本音楽著作権協会(JASRAC)が、P2P通信利用者向けのファイル交換サービス「ファイルローグ」を運営する日本MMOに対し、同サービスの停止と損害賠償を求めて訴訟した係争である。東京地裁は1月29日に原告勝訴の中間判決を下し、現在、損害賠償額の審理を続けている。地裁判決では、P2P通信の利用やファイル交換ソフト自体に違法性はないが、ファイルローグから著作権を侵害するファイル(市販の音楽CDから作成したMP3ファイル)の排除を怠った点を違法とした。
 米国ではRIAA(全米レコード協会)が数年前から違法性のあるファイル交換サービス業者の訴訟を進めてきた。また、RIAAは違法ファイル交換を行ったP2P通信者のIPアドレスを検出するシステムも開発した。そして、1998年著作権法(DMCA:ディジタルミレニアム著作権法)の規定を根拠として各ISP業者に必要情報を要求し、違反者の氏名や住所まで特定した個人訴訟をも進めている。だが、VerizonはRIAAの要求に対して「DMCAが規定する情報開示義務の適用範囲外の要求だ」として開示を拒否したため、RIAAはVerizonを訴訟した。
 連邦地裁の一審判決(1月21日)はRIAAの主張を正当としたが、原告側・被告側ともに最高裁まで争う考えであり、控訴審で逆転判決となる可能性がある。SBCも今夏から係争に参加し「RIAAは召喚状を乱発している。DMCAの情報開示義務は表現の自由やプライバシー保護に問題を残し、合憲性に疑問がある」として、逆に情報開示を求めてきたRIAAを訴訟した(7月30日)。これらの最終決着の方向は予断を許さない。

 さて、通信事業者は伝統的に「網に流通するトラフィックの内容・性格には関わりあわない」とする立場をとり、上述のようにディジタルコンテンツの権利者とは利害対立の関係に陥っている。だが、筆者は、これら訴訟に関する論評の中に「通信事業者は今後もPOTSの収入減が続くのだ。むしろ、積極的にコンテンツの保有者と提携して、著作権侵害を解消しながら双方がwin-winとなる新種のビジネスを創出する好機でないか!」という意見があることに注目したい。

コンテンツ配信サービスの光と影

 IFPI(国際レコード産業連盟)の数字によれば、全世界の音楽ソフト市場(CDなど)の約5割を米国と日本の市場で占めているが、両国とも2000年前後から音楽ソフトの売上げ減少が続いている。RIAAの統計では2002年上期で前年比−9.3%、本年上期には前年比−12.0%を示した。有料音楽配信の売上げも、昨年の第1〜第3四半期では、それぞれ12、 28、 39%の対前年比マイナスである(因みに、同時期でのeコマースによる商品売上げは、各四半期とも前年比約3割増もの成長を見せている)(注2)。
 IFPI によれば、市販CDの3分の1が海賊版CDであり、全世界で年間420億ドルもの海賊版商品による被害があるという(注3)。音楽配信に限っても、RIAAは委託調査により■ファイル交換サービス利用者の増加傾向 ■音楽愛好者の音楽購入の減少傾向 ■同じく無料ダウンロード・コピー利用の増加傾向、を数値で捉えている。これを根拠として、IFPI, RIAA, RIAJなどは「音楽配信の売上減のかなりが無料ダウンロード・コピー(その全てが違法とは限らないが)による影響だ」と主張している。
 JASRACとRIAJの発表値から日本の音楽配信市場の規模を推定すると、2001年度では有料音楽配信が音楽ソフト全市場規模(約4,900億円)の中の0.5%(27億円)を占めていたに過ぎない。「CD売上げの対2000年比減の殆どが違法ダウンロードの影響による」という非常に極端な仮定をしても、同年度の音楽配信の潜在市場規模は高々600億円である。したがって、この中から配信サービス業者が受け取るパイの大きさも、まだ充分なビジネス規模には達していない。
 現状では魅力に乏しい市場でありながら、ディジタル著作権に関わる大きな訴訟が発生し、IT関連の諸企業はDRM(Digital Rights Management)と総称されるディジタルコンテンツ著作権を管理する諸技術方式の開発と実用化を競っている(注4)。世界にはDRMシステムのトライアルや商用サービスへの導入を、部分的にではあるが、既に進めている通信業者も少なくない(NTTや KDDIも含む)。 
 これらの精力的な活動の基は何かといえば、音楽だけに限らないディジタルコンテンツ配信サービスの成長期待である。有料音楽配信を有望視する最近の動きの例として、Apple Computerが「4月末のスタート以来Macユーザに好評の有料配信サービス(iTunes Music Store)をWindowsユーザ向けにも拡張する」と10月17日に発表し、即日実施した。Apple Computerは初年度1億ドルの配信料収入を見込んでいるが、同社の動きが有料音楽配信普及への足掛かりになるかどうか注目されている。

 固定電話も移動電話もブロードバンド化とディジタル化が進めば、通信業者の収益構造は激変するものと予想されている。ブロードバンド化とディジタル化で固定電話に先行した移動電話業者やISP業者は、加入契約者数が飽和しかけてきた先進市場を中心に、先駆的な業者として様々な新種サービスを市場に紹介し、既に、新事業創出への挑戦を始めている。着眼が適正なら、十分に厚い顧客加入者層を持つこれら事業者の挑戦的サービスメニューは新事業として成功する可能性が高い。
 多くの調査会社が、出版物、アーカイブ、音楽・映画・ゲームソフトなどのコンテンツや会議・授業・演奏・演劇などのライブストリーミングも含む「コンテンツ配信」を、ディジタル時代の有力な収益源候補と考えている。ただし、コンテンツ配信市場の概念や定義範囲は調査会社によりさまざまで、漠として一定しない。対象とした範囲や地域が比較的広く見えるOvum社の予測によれば、コンテンツ配信の市場規模は次表となる(注5)。

コンテンツ配信の世界市場規模     (単位:百万ドル) 出典 Ovum
 
2003
2004
2005
2006
2007
情報サービス
4,645
7,163
10,731
15,379
20,398
娯楽サービス
4,519
7,196
10,745
15,189
19,231
合 計
9,164
14,359
21,476
30,568
39,629

 この市場には通信業者の他に、コンテンツのアグリゲーターやサービス業者、副収入狙いの機器ベンダーやASP、その他の諸企業の参入が予想されているが、Ovumは「工夫と努力次第で、通信事業者はこの過半を獲得できる」としている。
 In-Stat/MDR社の見解も興味深い。同社には、オンラインゲームや映像ストリーミング市場の急伸を予測した調査レポートがあるが、とくにオンラインゲーについて「ブロードバンドの常時接続、ムーアの法則に見る技術進歩、人間性の本質という三要素が、近い将来、映画以上に複雑なディジタルコンテンツで構成される大人向けオンラインゲームを新成長産業に押し上げるだろう」と強調している(注6)。そして、「2002年の米国の通信トラフィックの約9%を占めたと推測されるオンラインゲームのMOUはさらに急成長する。接続サービスでの収入に依存している通信事業者は、コンテンツの付加価値で収入を得る新手段(付加価値従量課金)の開発を急がなければならない」と警告する。
 最近は、Business Week誌(Oct. 13, 2003)が大きく取り上げたNokiaやSony-Ericsson のように、戦略事業と位置づけてオンラインゲーム機能を取り入れる携帯電話ベンダーや、通信機能付き新端末を発表するゲーム機ベンダーが、増えつつある。これらはIn-Stat/MDR社の主張を裏付ける側面的現象かもしれない。

携帯端末利用のアイデアは百花繚乱

 ディジタル方式による通信サービスのメニュー多様化がいま最も進んでいるのは携帯電話であり、携帯電話端末はユニークな移動IT端末として進化しつつある。携帯電話事業者のデータサービス収入の比率は日本に限らず欧米でも確実に増加している。とくに、わが国は携帯電話によるデータサービスの実施に先行し、また、デバイスの小型化技術に長じていることもあって、先端的サービスの萌芽は日本で観察されるものが多い。一方、海外では携帯電話機能を組み込んだ多機能化PDAが増えており、携帯電話とPDAとの区別がなくなりつつある。

 現在、国内で出荷される携帯電話数の殆どがインターネット接続も可能であり、9割はカメラ機能付きとなっている。欧米でもこの種の携帯電話の人気が上昇してきた。調査会社IDCによる最近の調査では、米国の質問回答者の4割強が、月額通信費の増加を承知の上で、カメラ付き携帯電話の新規購入に意欲を示している。NTTドコモの「iモード」海外事業も徐々に軌道に乗ってきて、契約者数が100万人に達したという。
 携帯電話に組み込まれた通話目的外の機能(高精細液晶パネル、内蔵カメラ、赤外線・ブルートゥース通信、付加メモリー/キーボード類)は、移動端末という特質との相乗効果もあって、新サービス開拓への無限ともいえる可能性を作りだした。これらの内蔵機能は、携帯電話の(身分証・バーコード・非接触型カードのような)ID機能化を可能とし、イメージリーダーの代用(OCR・タグリーダー・生体認識センサーなど)やウェアラブルコンピュータへの発展性を実現して、新種の用途を広めつつある。既に、前売りチケット、クレジットカードなどへの実用例があり、電子マネー端末としての実験的・商業的サービスやM2M分野への利用なども始まっている。つい最近でも、内蔵ICチップによる多機能化事業計画の発表があったが(注7)、高度サービスを狙う内蔵デバイスの追加はこれからも続くであろう。
 また、外部機能・外部システムと携帯電話との結合により別種の新用途が拡がっている。例えば、内蔵チューナーを持つテレビ機能付き端末、GPSを内蔵したナビゲーションサービス、ワイヤレスアプリケーション目的のバーコードリーダー搭載、ディジタル家電や住宅設備の遠隔監視制御機能と結合した家事・防犯・介護の遠隔管理サービス、などが発表されている。さらに、固定電話やIP電話の既存サービスと結合させた「住居内ではコードレス電話となる携帯電話」あるいは「接続料の安さを強調したIP携帯電話」など、複合サービス型の商品も現れている。 

 通信サービスの新たな発展方向については、10月12〜18日にジュネーブで開催された"ITU Telecom World 2003"でも多くの関連フォーラムや展示の場が設けられた。ここでその詳細に立ち入る余裕はないが、一般誌・業界誌が焦点となる話題を紹介しつつある(注8)。新たな収入源を求める通信事業者やベンダーの関心は高い。近い将来、これら新メニューの幾つかが通信業界の重要な収入源となる構造が定着することは確実であろう。

  (注1) これらの一般的情報源としては、情報サイトZDNet (http://www.zdnet.co.jp) がお薦めである。解説が一般者向けで、検索も可能である。
  (注2) これらはRIAAのURLサイト以外からの諸情報も織り込んだ数字である。
  (注3) 例えばhttp://www.ifpi.org/site-content/antipiracy/piracy2003-priority-territories.html
  (注4) 例えばhttp://www.emd.gr.jp/tech/copyprotect/DRM_SITE.htm
  (注5) http://www.ovum.com/go/content_old/019260.htm & http://www.ovum.com/go/content/020151.htm
  (注6) Eric M. Mantion "The Economics of Online Gaming" June 2003 In-Stat/MDR
  (注7) 10月22日、NTTドコモとソニーは携帯電話用ICカード事業の共同出資会社を設立すると発表した。両社は、国内外の携帯電話会社に新型ICカードの採用を働きかけ、世界標準技術として育成する考えだと伝えられている。
  (注8) 例えば"Telecom Updates" Business Week Oct. 16, 2003


  データリソース社では、「コンテンツ」関連のレポートとして、

コンテンツデリバリーサービス:Cache Us If You Can
Content Delivery Services: Cache Us If You Can
(米国 インスタット/MDR社)

オンラインゲームは予想外に大きな影響力を持っている
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