DRI レポート
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      比重を増すアジア太平洋市場
風間  仁  (海外調査コンサルタント、技術士、DRI顧問)

2003年5月1日号

知的財産権侵害への北風と太陽

 米国の業界団体IIPA(International Intellectual Property Alliance)によれば、米国は中国企業による特許や意匠の侵害で2001年だけで190億ドルの損害を受けたという。また、別の業界団体BSA(Business Software Alliance)によれば、2001年の中国製ソフトウェアの92% が海賊版であったという。「中央政府が知的財産権の保護政策を打ち出してはいるが、海賊版商品は今なお大量に横行する」といわれている中国に対して、IT業界の巨人企業の二社が最近とった施策は極めて対照的であった。
 先ずはCisco社の対応である。同社は中国最大の通信機ベンダーの華為技術有限公司 (Huawei Technologies Co.) が「Cisco のソフトウェアやマニュアル類の不正コピーと特許侵害をしている」として1月23日にテキサス州地裁に提訴した。注目すべき点は、この提訴がCisco社創立以来の初めての知的財産権侵害への提訴だという事実である。
 これに対し、中国向けビジネスでは「市価245ドルのWindows XPも不正コピーされ僅か5.5ドルで販売される」などの被害を受けて過去10年間連続の赤字を続け、中国によるOS著作権侵害を提訴し続けてきたMicrosoft社が、このほど突然に態度を急変して話題となった。同社は中国政府に対して、ソフトウェアの教育や研究事業に向けて3年間で750万ドルの支援をコミットしたが、さらに2月下旬にはビル・ゲイツ自身が訪中してWindowsソースコードの無償公開までも約束してきた。
 Microsoft社の行動は、中国政府のLynux重視の動きへの対策措置とも見られているが、本質的にはこれらの出血に値する中国市場の将来性を再評価した方針変更に他ならない。また、3月にはCisco社のライバル企業である3Com社が問題の華為技術有限公司との合弁事業の設立を発表した。3Com社の狙いは華為の販売ルートを利用したシェアの拡大で、Ciscoを敵対視するだろう中国顧客層を多分に意識しているようだ。因みに、Ciscoのコアー・ルーターの市場シェアが2002年の第4四半期に前四半期比で数ポイント低下した主な原因は同社の高価格政策であり、シェアを侵食した有力ライバルは中国系のベンダーだといわれている。
 同じく3月に、中国の国家知識産権局(特許庁)は米国Citibank社が出願中の電子マネーシステムなど2件のビジネスモデルに対する特許を認めた。「ビジネスモデル特許」が中国で成立したのは初めてであり、これは中央政府が知的財産権を尊重しその定義範囲も広く考えていることの証左である。また、Ciscoと華為との間の裁判がどのように決着するにせよ長期的には中国企業の技術の向上は確実だと論評されている。
 これら一連の動向に見られる各企業の中国向け施策には個々に違いがあるが「中国企業の技術力や販売力と中国市場の将来性を非常に大きく意識する」ところが共通している。

中国の実質的な市場規模を占う

 IT産業コンサルティングのStrategy Analytics社の予測によれば2003年に世界の携帯電話加入者総数は12億を超えるであろうという。2002年末に2億の大台に達した中国は世界最大の携帯電話市場であるが、信息産業部(情報産業省)が2007年の普及台数を4億と予測するこの大型市場は世界中のベンダーの垂唾の的となっている。中国市場のこのような力強い成長ぶりは携帯電話に限らず固定電話やインターネットも含めたテレコム市場の全般的な傾向で、調査会社Pyramid Researchは「今後5年間の中国の通信インフラ投資額は西欧全体での投資額を超えるだろう」としている。
 世界経済が不振の最中にありながら、中国・アジアNIES・豪州を含むアジア太平洋地域では総じて力強い安定したテレコムの成長が観察されている。その理由として、例えば調査会社Ovumのアナリストは「適度の経済成長に加えて、テレコムの自由化や民営化が欧米のようにラジカルには行われず、政府の管理(舵取り)により産業構造の安定化と競争政策の導入のバランスが適切に維持された。だから、テレコム投資のバブルやその反動による副作用も無かった」と分析している。
 この評言は確かに的を射たものかもしれない。しかし、最近の中国市場の堅調さを見ると、それだけの説明では不十分に思えてならない。ご参考までに、日本自動車工業会の会報(JAMAGAZINE 2003年1月号)に載った自動車販売台数推移の概要を表−1に示す。この数字に関連して筆者は次の三点を付言したい。

  (1) 最近数年間の世界の自動車販売実績に占める中国のシェアはGNP比とはかけ離れていて、非常に大きい。
  (2) また、その増加率も同国の実質GNP成長率に数倍する急成長である。
  (3) 中国の自動車市場には、テレコム市場に見られたような市場競争ルールや実需規模を政策的に調整してきた要素がとくに見当たらない。

表−1  世界の自動車販実績の推移と予測(単位;万台)
 
1999年
2000年
2001年
2002年
2003年(予測)
北米地域
1,867
1,940
1,907
1,870
1,845
欧州地域
2,003
2,009
1,931
1,873
1,834
  日本
586
596
591
580
594
  中国
183
209
236
321
377
世界合計
5,517
5,695
5,623
5,642
5,678

 したがって、中国市場におけるテレコムや自動車の実需の急成長を説明する他の大きな共通要因があるはずだ。筆者にはそれを正確に指摘できる識見はない。だが、「中国市場の規模の評価(米国市場比換算)が資本財業界と消費財業界とでは全く異なる」という事実を知り“目から鱗のとれた”昔日のある海外体験を思い出す。そこで本稿では「次のような見方もある」ことを追記したい。

購買力の指標はGNPだけでない

 先ず重要なことは、各国の経済規模の表現にはGDP 、それも米ドルによる換算値が使われることが多いが,これは基本的に錯覚をもたらす指標であることの再認識である。総生産や総消費を物量ベースで捉えるならば購買力平価でのGDPを使った比較が実態に近い。因みに、米ドルベースのGDPによるならば、世界各国の経済力順位は米国、日本、ドイツ・・・と続き、中国のGNPは日本の1/4強で第7位である。ところが購買力平価ベースのGDPならば、世界の消費大国は米国、中国、日本、インド・・・の順であり、中国はすでに日本を超えている。すなわち、消費物量を単位とするマクロ経済では中国やインドは世界でも特大の市場なのだ(注1)。
 次に着目したいことはGDPに含まれない各国の地下経済の存在である。当然ながら地下経済(脱税および非合法の経済行為による所得で、表の公式統計には現れない)の内容とそのフローの規模を正確に把握する方法などは無い。だが、研究者が推測した90年代での規模の例によれば、先進国では地下経済の少ない国でさえ名目GNP比で6〜10%(日本、スイス、米国、フランス)、大きな国では20%以上(イタリア、スペイン)の規模が、さらに途上国や市場経済に移行中の旧社会主義諸国では名目GDP比の1/3以上(中には50〜100% 以上)もの地下経済が存在する(注2)。
 中国についても、(1)「あらゆる商品に海賊版が出回る世界のニセモノ工場」と評される産業体質、(2)貸し倒れリスク回避のため現金取引が主体となる商慣行(注3)、(3)「購買力の大半が富裕層に集中」といわれながら平均月給の数倍もの価格につく携帯電話が若者の間にも流行化して既に2億台以上も普及した実績、などから同国の地下経済規模も相当に大きかろうと想像せざるを得ない。
 第三の強調点としては通信機器の消費財化傾向を挙げておきたい。一般論としていうなら、商品単価の低い消費財需要に及ぼす人口の影響度は所得水準とともに支配的である。ディジタル化に伴い近年では固定系・移動系を通じてテレコムインフラの用途・用法が多彩となり、「高機能でしかも割安」というテレコム端末が次々と市場に現れ始めた。最近の携帯電話やPCはその典型であろう。技術競争がこれらの新商品やインフラの低コスト化と陳腐化を促進する。換言すれば、二十一世紀は通信機器の消費財化(ないしは耐久消費財化)の時代ともいえよう。因みに、調査会社Probe Researchは「通信網はこれまでの過度に資本集約的であった構造からの脱皮が必至である。とくにアクセス系はワイヤレス主体に変貌するだろう。網構造も、端末の機能や用途も変化していき、キャリアーもベンダーも適応のための模索が続くだろう」と論評している(注4)。

 現在、世界の製造業の生産基地は東アジアに集中しつつある。2002年のコンテナ取扱量では世界の1位から6位までの港湾を中国とアジアNIESが占めた。「アジア太平洋地域とくに中国やインドの成長が今後も続くか」という懸念に関連して、さらに、次の諸事実の認識を補うべきかもしれない。

  (1) 人口動態 : 国連の最新予測でも、総人口が停滞し急速に老齢化が進む先進諸国とは反対に、インドや中国では若年人口の減少のない総人口の増勢が予測されている(注5)。
  (2) 政策目標 : 江沢民から胡錦涛への総書記交代を批准した第16回中国共産党大会では、「経済成長最優先」の路線を継続し「2020年のGDPを2000年比の4倍にする」政策目標が確認された。IMFの予測(4月9日発表)でも2003、2004年では各7.5 % 成長を見込んでいる。また、インドには、政府の外資導入政策に応じて世界企業の進出が続いている(人口比率では低くても絶対数の多い良質の労働力や中産階級の消費人口、が目当て)。
  (3) 為替レート;「通貨切り上げ」の潜在圧力がある(公称GNPや輸入需要を増す)。外資政策や為替介入で維持されている購買力平価の1/5前後という極端な中国「元」やインド「ルピア」の現行の為替水準にはそれなりの抵抗圧力もつきまとう。何らかの動機で政策変更が必要となり、いつ為替レートの調整が起きても不思議はない。

 上述した諸要素は専門家による市場の将来予測にそれなりに織り込まれるのであろう。見方によっては購買力順位で世界の2〜4位の消費大国を含むアジア太平洋地域の将来性に、経済界はいま大きな期待をかけている。テレコム関係の各調査会社はそれぞれにこの市場での注目テーマを挙げて、その成長性を強調している。したがって、数年後の世界市場のシェア構造も現状とかなり変わって見えるはずである。因みに、Pyramid Researchは「世界の通信機器市場規模は2007年には1.3兆ドルに達し、アジア太平洋市場でその1/3強を占める」とした次の予測(表−2)を公表している(注6)。

表−2  地域別のテレコム市場規模
 
アジア太平洋
北アメリカ
ラテンアメリカ
アフリカ・中東
西ヨーロッパ
中欧・東欧
1999年
23%
36%
6%
3%
29%
3%
2007年
35%
30%
7%
4%
19%
5%

 ところで、ごく最近ではSARS(悪性新型肺炎)の影響が深刻視されはじめ、世銀などの国際機関や各シンクタンクが2003年経済成長率の下方修正を次々と発表している。SARSの影響は遠からず沈静化するなら短期の地域的影響に止まり、長期化すれば世界経済全体の見直しとなる。どちらにせよアジア太平洋経済だけが中長期的影響を被る状況は想像しにくい。二十一世紀のテレコム業界も当地域重視への方向性は変わるまい。

(注1) 詳しい数値での比較が必要なら世界銀行資料"World Development Indicators 2002"を参照願いたい。
(注2) 門倉貴著『日本の地下経済』及び『日本アングラマネーの全貌』いずれも講談社α新書
(注3) 銀行の不良債権比率は公式発表でも20%台後半、市場では50%程度といわれている(「週間エコノミスト」2002.12.17 p.15)
(注4) "War and the Aftermath" (「イラク戦争とその余波」)Mar. 25, 2003
(注5) 詳しい数値が必要なら国連のデータ(http://www.un.org/esa/population/unpop.htm)を参照願いたい。
(注6)"Worldwide Telecoms Revenue Forecasts and Analysis 2002 - 2007 " Pyramid Research



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CDMA and the Road to 3G in Asia - Best Practice for Wirless Operators and Vendors
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Chinese Telecom Market: Overview and Analysis
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The Yearbook of Asia-Pacific Telecommunications 2003(英国 CITパブリケーション 社)

中国IT市場研究レポート中国 CCID コンサルティング社

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