DRI レポート
「DRI レポート」シリーズは、随時掲載!!


      テレコムの成長期待論を巡って
風間  仁  (海外調査コンサルタント、技術士、DRI顧問)

2003年3月1日号

厳しさが続く2003年の市場予想

 年末から年初にかけて、ITを扱う諸メディアによる2003年のテレコム市場と産業の動向予想の発表が続いた。総じてこれらの観測を要約すれば「テレコム業界の昨年までの苦境が今年になって払拭される要因はとくに見当たらず、今年も厳しさが続くであろう」となる。
 一般情勢として世界経済はデフレ色を強め閉塞感を増している。年率8%近くの継続成長が予想される中国などの一部の新興国を除けば、経済成長による市場拡大は期待できない。テレコム業界は当然ながらその影響の下におかれている。この業界にはさらに「バブルのツケの清算が終っていない」という負のハンディが加算されている。
 業界誌CWIのアナリストは「キャリアーが売上高増というよりはキャッシュフローの獲得維持に迫られるので、新規投資は2,400億ドル(2002年)から1,300億ドル(2003年)にまで落ち込む」と予想しているが、これはベンダー業界に対してさらに強烈な逆風となって効いてくる。そのためにEricsson, Alcatel, Siemensなどでは最悪の決算が続いて、おそらく2004年度に入らなければ利益計上は難しかろうと見られている。
 キャリアーの立場で市場状況を展望してもやはり停滞が予想されている。先ず、固定電話サービスは移動電話やIP電話による侵蝕が続いている。カメラやゲームなどの新たな機能を織り込んで順調な事業成長を期待する移動電話サービスでも、データサービスの需要飽和や相互間接続の壁の問題が顕在化しかねないという警戒要因がある(注1)。そこで大方の意見は「2003年にキャリアーが期待できる成長分野は有線系・無線系のブロードバンド・サービスの需要ではなかろうか」に収斂している。
 ブロードバンドに期待する根拠の一つとして、韓国、台湾ではDSLやCableによるサービスが非常に普及している事実が指摘されている。例えば、韓国ではブロードバンドの世帯普及率が58%に達しており、Korea Telecomでは有線系事業による収入の約4割をブロードバンドから得ているという。制度条件、コンテンツ、料金政策などの外部要因にも左右されるだろうが、「北米、欧州、日本という大口市場でも同レベルに普及する可能性が充分にある」と考えるのも無理はなかろう。
 以上の一般状況を反映してのことか、テレコムに関連する最近のメディア情報には「ブロードバンドの普及見込み」「プラットホームとなる各技術方式(DSL, Cable Modem, Mobile, WLAN)の今後の有望度」に関する論説や解説が増えてきたようだ。

Wi-Fi有望論への期待と懸念

 年末から年初にかけて最も話題を集めたブロードバンド向けの技術方式はWLAN(無線LAN)であり、それも業界主流方式のWi-Fi(注2)に集中した感がある。調査会社Pyramid Researchによれば、WLANの発祥地である米国では利用者が1,300万に達したという。また。調査会社NPDTechworldによれば、昨年の米国Wi-Fi小売市場では売上高が平均小売価格の大幅な低下をカバーしてさらに前年比4倍にまで増加したという。最近では、新発売されるラップトップパソコンの殆どがWi-Fiカード組込み可能型となり、モWi-Fiモ の呼び名が一般の人々にも定着してWLANの実用が普及しつつある。
 わが国でも昨年春にIMS社やNTTコミュニケーションズ社がPWLAN(公衆無線LAN)の 商業サービスを相次いて開始して、ホテルや飲食店のホットスポットを利用する風景が見られるようになった。政府も急速にWLANへの関心を深め、今期通常国会でPWLAN用ホットスポットの設置を促進する通信事業法の改正を予定している。
 Wi-Fiに関する昨年末の大きな業界話題はCometa Networks社(注3)の設立発表であった。同社の事業計画は全米の主要都市をカバーするWi-Fiの全国網を建設してISP、企業VPN、cable業者、通信業者にワイヤレスインターネットアクセスの卸売りをするもので、2004年までに50都市で合計20,000のホットスポット設置を予定している。またこれに合わせて、Business Week誌(Dec. 13, 2002)が「ワイヤレスインターネットが大流行する兆しがあり、2003年にはWi-Fi の需要が急増するだろう」とする特集記事を載せてWi-Fiに期待する各企業の最近の動きを紹介した。
 調査会社のGartner Dataquest、Forward ConceptsPyramid Researchなどが最近の市場の伸び状況を見てWLANの有望性を強調している。具体的な数字や表現は調査会社により異なるが「WLAN関連ハードウェアの出荷量は2003年に50〜100%(ないしはそれ以上)も増加して、今後数年間は無線市場の花形として成長を続けるだろう」という。Forward Conceptsの予測ではWLAN製品の出荷量が2006年には103億ドルになるという。InStat/MDRやYankee Groupが「加入サービスの収入(2003年で推定5千4百万ドル)は2004年に倍増」あるいは「北米のキャリアーがWLANで得る収入は2007年には16.3億ドルに」などの予測値をそれぞれ発表している。また、Pyramid ResearchはTelecom Italiaでの例を挙げて「固定通信業者にとってWi-FiはDSLより加入者当たりのコストが安くつく」と主張している。

 そのような景気の良いトピックが賑わう反面で、PWLANには意外に多くの慎重な意見も出ている。先ずはセキュリティ問題である。現在のWLANは安全性・守秘性での欠陥が多いので「商業サービスの本格化の前に、これらが解決されていることが必要だ」とする指摘が多い。次いで商業性への疑問である。黎明期の米国では、十分な顧客を掴み切るまでのホットスポット建設の負担に耐え切れないベンチャー業者の事業破綻が多発した。「集客目的のスポンサーが提供する無料のWi-Fiとの競争を強いられる有料サービスがはたして成り立つだろうか」と懸念する人も多い。また、「業者が互いに提携して携帯電話まで含めたローミングを可能にしなければWi-Fiの商業性は難しかろう」という意見もある。
 Cometa Networkの事業は全国的なユニバーサルサービスまで狙わずにサービス地域を限定しているが、これについても「商業サービスならユビキタスアクセスを実現しなければならない。他国の例で見れば、この計画には 250,000以上のホットスポット設置が必要になるだろう」という意見がある。Cometa Networkの収益性を疑問視する意見は意外に多くて、「出資者はWi-Fi事業で収益を期待するのではなくて、ワイヤレスユーザを3Gに誘導するのが目的なのではないか」と皮肉る観測さえもある。 一般論として「ワイヤレスアクセスが必要な一部の移動ユーザを除けば、インターネットユーザは追加料金を払ってまでワイヤレスアクセスを望むわけではない。Wi-Fiインフラの増加傾向は必ずしもWi-Fiサービスの収入増を意味しない」と主張するアナリストも少なくない。「Wi-FiはまだISPにとって適正な事業規模に達せず、2003年時点では家庭やサービス卸売り業者向けの需要が主体となろう」と中立的に見るアナリストもいる。

 アナリストによるPWLANの評価にはこのように幅があるが、世界の各地域でホットスポット数がいま急増しているのは事実である。通信キャリアーもISPも、現実の問題としてこれらのWLAN利用者にどう対応したら良いのか真剣に考えないわけにはいかない。客観的には「現在は多くのキャリアーがPWLANサービスの事業化を検討中で、その事業形態や採算性を試行錯誤的に模索している」のが実態のようである(注4)。

市場成長の原動力は

 ここで技術論や経営政策論を離れて、まったく別な視点から「市場成長」を考えてみたい。それは、世界的に見た現在のテレコムサービス業界のデフレ環境 --(1) 電気通信の新技術と自由化政策により、テレコムサービス市場では価格破壊が進み、潜在的サービス需要もほぼ充たされつつある、(2)全体としてサービスの供給能力が大幅に需要を上回っている、(3) サービスの利用者側の可処分所得や可処分時間は増えない-- を直視して思索を進めることである。
 携帯電話は人々の外出先や移動中の時間までテレコム向け可処分時間に変えてしまった。常時接続・定額料金のインターネットは人々が用いる全ての種類の情報の送受を、事実上、リアルタイムで自由に行わせつつある。また、コミュニケーションは個人生活や社会活動での「目的」ではなく「手段」なのである。人々は職場や家庭における本来の作業時間を削ってまでテレコム端末に手を伸ばし、テレビ・新聞などのメディア情報に接する時間を増やすわけにはいかない。企業は通信経費の自然増を野放しにはできず、個人も通勤・食事・睡眠などの物理的必要時間を削ったり基礎生活費を割いたりしてまでブローバンドを利用する映像付きの会話や教養娯楽に浸ったりしてはくれない。
 「商業サービスは、利用環境と価格がほぼ満足な水準に達してしまえば、さらなる環境改善や低料金化に努めても単にそれだけなら業界の総収入は伸び悩む」と考えるのは自然であろう。技術進歩や競争原理によりテレコムの利便性や低料金化が進めば今後もテレコムのトラフィックの増加は続くだろうが、それだけでキャリアーやベンダーが付加価値創出への知恵を欠いたままなら業界全体の増収が保証されるとは限らない。
 筆者は「テレコム市場で過去にも将来にも共通する成長の本源的な原動力は何か?」と問われれば、「企業や個人がそれまでテレコム以外で消費していた可処分時間や可処分所得をテレコムの利用に振り向ける付加価値や効率性の創出だ!」と答えたい。いまブームの最中にあるIP電話やWLANも、もし既存の通信手段を代替するだけの役目に終われば、一時的な置き換え需要を作ってくれても成熟産業化したテレコムの継続成長を支える新技術だと期待するわけにはいかない。テレコム産業がデフレから脱皮し成長を続けるには、個人生活の自由時間の増加、産業界の生産性(または収益性)の改善、行政・教育・医療への国民負担の軽減…などへのインパクトが大きくて、人々の生活慣習や社会制度まで変えてしまうような「革新的サービス」(ないしは「機能」「コンテンツ」)の開発が必要なのではあるまいか。
 このように考えれば、本質的な業界成長に結びつきそうな動向としては、「UNE-Pの緩和」「e-Japan計画」などの政策面のテーマよりも、むしろ「SOHO(注5)」「携帯電話の電子財布化」「医療用電子カルテの標準化」のような、IT利用に関わる社会の受容度や規制改革の動きのほうが関心事となってくる。そして、技術開発のテーマについても「DWDM」「MPLS」「ソフトウェア無線」「分子メモリーデバイス」など効率指向のキーワードよりも、「バーチャルキーボード」「生体認識(個人認証)」「電子ペーパー(注6)」「バイオチップ(注7)」などの周辺技術への興味が増してくる。
 筆者はテレコム市場のさらなる成長への条件を以上のように考えるのだが、本欄読者の諸兄姉はどのようにお考えになるであろうか。


(注1) 一部のアナリストは「データサービスの先行地域(アジア)でその兆しが出はじめた」と意識している
(例えば "Outlook 2003" Communications Week International 13/12/2002)
(注2) Wi-Fi :業界団体のWECA(Wireless Ethernet Compatibility Alliance:Cisco, 3Com, Lucent, Nokia, Fujitsu, Sonyなどが参加) が提唱し、IEEEで標準化を進めてきた2.4GHz帯の無線LAN規格(IEEE 802.11b)対応製品のブランド名(語源はThe Standard for Wireless Fidelity)であった。だが、米国では「Wi-Fi」がIEEE802.11ベース(a/ b/ g)WLANの総称としてほぼ定着している。WECA はこの規格に対応する各社製品の互換性テストを行ない、パスした製品に「Wi-Fi」ブランドの認定を与えて製品の相互接続性を保証している。
(注3) Cometa Networks:AT&T、Intel、IBM並びに国際的な投資会社のApax Partners、3iの5社が共同出資するPWLANサービスの卸売り事業会社。12月5日にニュースレリーズされて、多くのメディアがこれを報道した。
(注4) この辺りの最新事情に関心があれば"Will the Joltage Collapse Prompt Closer Scrutiny of Public Wireless LAN Hotspot Business Models?" Probe Research Client Alert 20/ 02/ 2003 を参照されたい。
(注5) SOHO:Small Office / Home Officeの略:会社との間をITのネットワークで結んで在宅勤務をしたり、自宅や郊外の小さな事務所をベースにして事業を営んだりする就労形態をいう。SOHOには業務管理やコミュニケーションに不便な点もあるが、出勤に起因する時間的・経済的な無駄が省けるという利点がある。
(注6)電子ペーパー:薄いプラスチックのフィルムに「電子インク」と呼ばれる記録方式でコンテンツを印刷する。将来は、ワイヤレス接続でコンテンツの書き替えができる薄くて柔軟な書籍や新聞などとして使われると考えられており、未来の紙として期待されている。多くの企業が研究開発中であり、出願済の関連特許も多い。
(注7)バイオチップ:ガラスやシリコンなどを基板としてナノテク技術で加工され、表面に超微細な生体素子が植え付けられた特殊チップ。保健や医療の用途では唾液、血液、排泄物などを検体とした検査・診断に使われる。バイオチップが量産できれば、IT技術との組み合わせにより医療体制が劇的に変わる可能性もある。

データリソース社では、「Wi-Fi」「無線LAN」関連のレポートとして、

インスタット/MDR社の「Networking WAN」サービスのレポート
      免許不要の帯域によって無線ブロードバンドインフラはWi-Fiを超える(米国 インスタット/MDR社) など

インスタット/MDR社の「Residential Connectivity」サービスのレポート
      無線市場を支えるホームネットワーキング (米国 インスタット/MDR社) など

インスタット/MDR社の「Networking LAN」サービスのレポート
      Wi-Fiは無線ネットワーク利用者を大多数にする:安くて有能 (米国 インスタット/MDR社) など

Wi-Fi 集積回路:802.11a/b/gの産業原動力、市場区分、ベンダー分析(米国 アライドビジネス社)
WiFiネットワーク機器:世界の導入状況、推進力、プレイヤーと802.11xの将来予測(米国 アライドビジネス社)
自動車用の無線ネットワーク:自動車プラットフォームへのWLANとPAN技術の浸透状況を検証 (米国 アライドビジネス社)

無線LAN:無線データの決め手(米国 フォワードコンセプト社)

DSLを越えて:固定系オペレータのビジネスチャンス-無線LANから無線MANへ(米国 ピラミッドリサーチ社)
アジアの無線LAN市場:オペレータのWi-Fi採用理由と3Gへの影響(米国 ピラミッドリサーチ社)

ブロードバンド無線LAN - 公衆スペース、ラストマイル、ライセンス不要の帯域 (英国 ジュニパーリサーチ社)

無線LAN:世界の技術と市場戦略 2002 - 2007年(英国 ARC社)

などがあります。



「DRI レポート」シリーズ のバックナンバーはこちらです


<< HOME  <<< BACK  ▲TOP
COPYRIGHT(C) 2003 DATA RESOURCES, Inc. ALL RIGHTS RESERVED.