今月のMarket Snapshotでは、米国のストックオプション制度に対する技術系企業の方針についてお話したい。企業が役員や従業員に対し、特定の期間内にあらかじめ定められた価格で自社の株式を購入できる権利を「ストックオプション」(以下:SO)と呼ぶ。いわゆる社員持ち株制度のことである。90年代以降、特にドットコム全盛期のアメリカで、ハイテク業界を中心に就職希望者や優秀な人材を惹きつけるキーワードとなり、今から3年ほど前までは相次ぐ倒産劇とは裏腹に、このSOに恩恵を受け一夜にして財を築く若い世代のエグゼクティブが後を絶たなかった。事実、近年発表されたWharton School of the University of Pennsylvaniaの資料によると、90年代後半までに米国内の大企業におけるSOは発行済み株式の7%を占め、全体の3分の1を最高幹部者らが所有していたとされている。本来、SOには節税や賃金の抑制、株主利益の引上げを目標として社員に労働意欲を促進するインセンティブ効果、オプション購入者にとっては行使価格を上回った額が支払われるため、報酬にはリミットがない上、(株価が低下した場合でも)完全に損失を被ることにはならない−といったメリットがある。ところが、現実的には先に述べたように、十分な収入に加え多数の自社株を持つ企業の上層部らがSOを受取っており、これが社員にどれほどインセンティブ効果をもたらすものか疑問視されるようになってきた。
こうした中、米国の大手ハイテク企業の中には、SO制度の見直しを行う動きが出てきている。Siebel Systemsの会長兼CEOを務めるThomas Siebel氏は今年の初頭、業績低迷を打開する一助になればと、98年以来受けてきた約2,600万ドルのSOを自らキャンセルした。また、米Yahooでも従業員のSO比率を2001年の5.6%から翌年には1.4%へと削減しており、この傾向は今年も継続するものとされている。さらに、Microsoftも今年の9月をめどにSO制度の撤廃に乗り出す方針を打ち出した。その背景には、Enronなど米国の巨大企業における会計処理の杜撰さが明るみになる中で、SOの本質や真価が問われるようになり、連邦政府が梃入れを始めたことが挙げられる。今年の3月に入り、FASB(Financial Accounting Standards Board:米財務会計基準審議会)は今後、欧州のIASB(International Accounting Standards Board:国際会計基準理事会)と連携しながら、経費としてSOの計上を要求する謔、検討・調査を開始する意向を発表した。
SOを経費として算入すれば、財務書類で報告されるため、投資家や社員らはその価値について正確な情報を把握することができる。一方、企業側ではSOの費用計上により利益の減少を懸念する傾向にある。したがって、これまでシリコンバレーなどハイテク企業がひしめく地域では、この連邦政府の提案に対し企業各社が強く反発してきた。このような状況の中、SOによって多くの若き富豪らを輩出し、ハイテク業界の低迷を経験しながらも460億ドル企業に成長を遂げたMicrosoftの決断は、業界で話題を呼んでいる。その理由のひとつは、同社はそれまでPeopleSoftをはじめHP、Intel、Ciscoなど大手企業とならび声高にSOの経費計上に反論を唱えていたからだ。では、Microsoftにおける決断の動機とは何か?先ずは、業界リーダとして連邦政府の提案に則した行動を取ることで、反対派から改革派として企業イメージを一新させること。もうひとつは、比較的新しい社員らが前職者たちの懐を潤わせた株式市場の高騰に懐疑心を持っており、誰にでも明確な新しい報酬プランを与えるほうが、逆に労働意欲を駆り立てるためとされている。今後、反対派の企業がMicrosoftのやり方に傾倒するかについては賛否両論分かれるところだが、SO制度を存続させる企業には、最低限のルールとしてSOのコストと株数の透明性が求められていくであろう。
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