DRI テレコムウォッチャー/IT ウォッチング

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  64ビット・PCで夢を語ろう
  (ITアナリスト 志賀竜哉氏)
2003年9月25日号

 8月、アップル社から64ビットパソコンが、9月、AMD社からはPC向け64ビットCPU が発売された。サーバーやワークステーション用の64ビットプロセッサは大規模サーバー、UNIXやLINUXの科学技術計算の世界で既に導入されているが、今回のCPUはデスクトップ・パソコンやノートブック・パソコン向けにも使うもので、64ビットPC時代に先鞭をつけたといえる。しかし、かつて16ビットから32ビットへ移行した1985年ごろの興奮はない。本当にユーザーは64ビットを要求しているのであろうか。時代は64ビットへ移行するのだろうか?この出来事をどう位置付ければよいのだろうか?

■64ビットPC登場

 8月に発売されたアップル社のPowerMacG5はIBMのPowerPC G5 64ビットプロセッサ(2GHz)を搭載、24万円で売り出した。 9月24日、AMD社はパソコン向け64ビットマイクロプロセッサ、AMD64の4種を発表、映像や音声などの処理に適したAMD64FX、オフィスデスクトップ用AMD64 3200+、そしてノートPC用 AMD64 3000+、同3200+だ。クロックスピードの違いで3200(2GHz)と3000(1.8GHz)となる。価格は1000個ロット単価でFXが9万1625円。デスクトップ用とノートPC用の「3200+」がぞれぞれ5万2125円、ノートPC用「3000+」が3万4750円となっている。AMD製品については、富士通が搭載パソコンを発表、30万円前後の価格である。

 新製品はアップル社、AMDとも既存の32ビットアプリケーションを継承しつつ64ビットアプリケーションに対応してゆく戦略で、これを購入しておけば64ビットにスムーズに移行できるとしている。マイクロソフトもAMD64上で動くWindowsXP64ビット対応版を同時発表している。だが、それにしても市場の反響は静かだ。かつての32ビットへの移行時のように驚愕と興奮を持って迎えられたわけでもなく、実に淡々と伝えられた。

■冷静な市場

 その理由は、まず第1に実は64ビットCPUはサーバー、ワークステーション向けに2001年にインテルからItaniumが発売されており、サーバー・コンピューティングの世界で既に普及していること。第2に、パソコン市場がハードウエア的な性能を追及する時代から、個性やブランドを重視する成熟商品の時代に入っていること。第3に、実はゲーム専用機の世界ではグラフィック専用プロセッサは既に128ビット時代に入っており、64ビット程度のグラフィック処理でが誰も驚かなくなっている。2000年にソニーのプレイステーション2の128ビット・エモーショナルエンジンが織り成すグラフィックで大きな驚愕を受けてからは、大概のことでは驚かなくなった。これまでパソコンメーカーはハードウエア性能がいかに優れているかを示すために、もっともわかりやすいデモとして動画や3次元グラフィック処理などを好んで披露したが、プレイステーション2以降、この手は通じなくなっている。

 そして最後に、「64ビット・パソコンって本当に必要なのかしら」といった単純な疑問だ。というのはここしばらく、パソコンの世界ではソフトウエアの進化がハードウエアの進化についていかなくなっており、高性能のハードウエアへの需要は高まっているわけではない。わかりやすく言えば、オフィスのデスクトップ・ユーザーはせいぜいエクセルやワードが快適に動いてくれればいいわけで、大規模なデータベースなどはサーバー側のパワーを借りればよく、オフィスでのデスクトップ環境では64ビットのありがたみはあまりない。むしろインターネットによるWebコンピューティングの需要の方が高く、どうやったらインターネット上の情報をを速く動かせる、いかに安全に接続するかといった点に関心が移っている。64ビットマシンを好んで購入するのは一部のあたらし物好きな人々だけかもしれない。ただ、アップル・ユーザーに限ってはグラフィック関連のユーザーが多く、64ビットを求める声はWindowsユーザーよりも高いかもしれない。

■64ビットのメリットと用途

 それでは64ビットのメリットはどこにあるのだろうか。実際AMD64とインテルの32ビットCPU Pentium4 3.2GHzとさまざまなベンチマークテストの総合点で比べると7%〜16%程度の差しかない。革新的とは言いがたいし驚愕的でもない。

 そもそもビット数が増えることの最大のメリットはCPUがリニアに扱えるメモリアドレス空間が増えることだ。理論的には16ビットでは、64Kビットであった。それを「セグメント方式」や往年のパソコンファンには懐かしい「EMS(Expanded Memory Specification)」などの様々なメモリ管理技術でごまかしながら論理的にメモリ空間を増やしてきた。しかし、Windows時代になってワープロを使いながら表計算を行ったり、電子メール開きながらマルチタスクが要求されるとEMSなどではプログラミングが複雑になり限界が出てきた。そこで32ビットが要求された。32ビットでは一度に使える論理的なメモリ空間は4Gバイトになる。これだけあれば当分大丈夫だろうと思っていたが、動画や3次元グラフィックを扱うとなると、それでも足りなくなってきたようだ。そこでCPUを64ビットにするとメモリ空間は16エクサバイトになる。ちなみに10の9乗は10億でギガ、10の12乗は1兆でテラ、15乗は1000兆でペタ、18乗がエクサ、“日本語”(というか漢字)では100京。64ビットでは1800京ビットの情報が一度に識別できることになる。現実にはメモリ空間にはI/Oやシステムエリア、アプリケーション・ソフトも扱うためすべてがデータに使えるわけではない。アップルのシステムは最大搭載メモリは8Gバイトにとどめている。

 現実にはパソコンのメインメモリだけでなく同時にハードディスク上にある情報も論理的にメインメモリ扱いして高速にアクセスするため処理は速くなる。しかし、実際にはハードディスクの転送速度が高速になっているため、メインメモリ上に情報がないときは、ハードディスクに読みにいって処理を行っているため、メモリ空間に欲しい情報がなくとも処理速度にそれほど大きな差は出なくなっている。ハードディスクの転送速度がボトルネックになっているのであれば64ビットの意味はあるが、転送技術も進化しているため、そのありがたみは減少する。

 ただしインターネット上でのWeb上の巨大なデータベースに多くの人がアクセスする時、物理メモリ上に展開できれば高速になるだろう。64ビット・サーバーでは既に行われており、そういった使い方にはサーバー・コンピューティングでは意味がある。しかしデスクトップ・コンピューティングではDVDで動画を編集する人などにはメリットがあるくらいだろう。

■64ビットで夢を語ろう

 しかし、かといってずっと32ビットでいいわけでもない。16ビットから32ビットにはオフィスユーザーがWindowsをマルチタスク環境で使いたがったため、スムーズに移行した。64ビットへの移行は何がドライバになるか。ゲームではプレイステーション2のほうが進んでいるし、DVD編集あたりか。筆者が個人的に注目しているのは個人が身に付けるウエアラブルコンピューティングにおけるバーチャルリアリティだ。ヘッドマウントディスプレイをつけ、架空の人物といつも一緒にいたり、架空の海外旅行をしたり。このためには3次元動画を高速に処理する技術が必要になる。しかも64ビットCPUのメモリ空間があればコンパクトにハードディスクなしで可能になる。しかしまだソフトウエアがついてこない。しかし近い将来かならず追いついてくるだろう。つまり夢は語れる。64ビット・パソコンとは夢を語るマシンと考えることにしよう。せっかくアップルやAMD技術者たちがチャレンジしてくれたのだから。


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