車のIT化・テレマティクスの画竜点睛 (ITアナリスト 志賀竜哉氏)
2003年8月25日号
どこでもコンピュータが使えるユビキタス・コンピューティングは自動車のIT化とも深く結びついている。最近の車のIT化はテレマティクスと言われ、2003年はトヨタ、日産が本格的にサービスを開始しており、テレマティクス元年と位置付けられる。テレマティクスによるサービスは車のドライバや同乗者に情報を提供するだけでなく、カーライフを飛躍的に変える可能性があり、また、自動車会社、部品メーカー、カーディーラー、通信キャリア、情報コンテンツ提供業者、警備会社、なども巻き込んで大きなビジネスチャンスとなる可能性も秘めており、今後注目されるキーワードだ。
■テレマティクスとは
テレマティクスとはTelecommunication(遠隔通信)とInformation(情報)が結びついた造語で遠隔的に様々な情報をサービスすることを意味する。言葉自体の発祥は、車の故郷・ドイツという説が有力だが、1990年代半ばに、米国でインターネットが猛烈に普及してきたときに、自動車にもインターネットで情報をサービスしようといった気運が高まり、インターネットと深く関わるようになってきた。ちょうどそのころITバブル直前で米国の景気拡大期と重なり、普段の日は猛烈に働き休日は緑豊かな郊外でゆっくりと過ごすライフスタイルが流行した。そのために車で遠距離通勤を強いられ、長時間社内で過ごす必要が出てきたことからテレマティクスの研究を後押しした。
ユビキタス/コンピューティングの特徴のひとつは、いつでもどこでも、コンピュータが使えること、さらに、使っていることを意識しなくなり、生活の中に溶け込んでいくことが重要である。そういった意味で、車の情報化はコンピュータを「意識して使う」というよりは「車を運転したら無意識に使っていた」という状況に近い。車のIT化はテレマティクスで始まったわけではなく、既に、速度センサー、自動ドア/ウインドウ、振動とクッションの調整、燃料噴射の調整など実は様々な部分に高性能マイクロコンピュータが使われている。日産のシーマやトヨタのセルシオなど高級車であれば100個以上の32ビット・マイクロプロセッサが使われており、車の基本性能の向上を手助けしている。また、最近はカーナビゲーション・システムの利用率も高まっており、カーステレオなども合わせると、自動車は既にITの塊といっても過言ではなく、ドライバーは意識することなく100個ものコンピュータを利用していることになる。その意味では車は最も進化したユビキタス・コンピューティングの例だが、テレマティクス・サービスとは情報をサービスする分だけ、利用者にコンピュータを使っていることを多少なりとも意識させる。
■第1次テレマティクス・ブーム
テレマティクス・サービスを初めて実施したのは、米国ゼネラル・モータース。「オンスター(On Star)」というサービスを1996年に開始している。やや遅れて、フォード社が合弁企業・Wingcast社設立した。このあたりはさすがに車社会・米国、車へのインターネット・サービスにビジネスチャンスがあると見るや、車のノウハウもない多くの企業が参入し、テレマティクス・ゴールドラッシュの様相を呈した。ITベンダーからすれば単に車を自社の製品の販路としか見ていなかった節があり、有力コンピュータメーカーやソフトベンダーからもCarPCといったコンセプトが相次いで打ち出された頃でもあった。提供される情報も、映画や音楽、グルメ、タウン情報など車その物とは必ずしも関係ないものが多かった。転機となったのは、2002年始め、ちょうどITバブルも下火になった頃と重なるが、Wingcast社が解散されたり、多くの挑戦者が去っていってからだ。実は、テレマティクスで消費者が望むサービスとはそれほど多いわけではないという当たり前のことが漸く認識されてきた。かくして第1次テレマティクス・ブームは終焉した。
実は、米国のドライバーが車で利用したい情報技術の第1位は、なんと音声認識機能のある車にすえつけられた電話機であるという。意外にシンプルだ。ちなみに日本で最も人気が高いのはカーナビゲーション機能だ。
GPSで居場所を自動的に知らせることができるサービス、また緊急時のSOSボタンや、盗難車の追尾システム、衝突防止システム、渋滞情報なども米国では需要が高い。そこで2002年以降のテレマティクスは情報サービスに加えて、車の本質的な取り扱いをいかに充実させるか、といった当たり前の方向に変わってきている。まとめると、下記のような機能が正しいテレマティクス・サービスとして収斂してきている。
・ カーナビやそれと連動した渋滞情報(VICSもそのひとつ)
・ 盗難追尾サービス
・ 衝突防止、接近アラート・システム
・ 位置情報提供(事故や緊急時などのSOSボタン含む)
・ 車の自己診断機能(走行距離や交換すべき部品を知らせてくれる)
・ 同乗者へのエンタテインメント情報サービス
・ 観光案内・タウン情報
こうしてみると情報を車内で受け取るサービスも勿論重要だが、自分の場所を知らせたり、身の安全を求めるサービスが重要になってきているといえよう。さらに、冒頭で高級車には100個以上のマイクロプロセッサが搭載され、様々なセンサー情報が入手できるようになっていると述べたが、これらのセンサー情報を統合し、ドライバの癖や行動パターンを分析しより安全な走行ができるようアドバイスするサービスも計画されている。
■生身の人間のサービス
日本でもトヨタや日産を中心にテレマティクス・サービスが2003年春から本格的にサービスを始めており、テレマティクス元年といえるだろう。トヨタのサービス、G-Bookは携帯電話から自分の車がどこの駐車場にあるかなどがわかり、家族で使えるサービスだ。また自分のパソコンやPDAから車の走行距離や磨耗部品などがわかり、そこから部品の注文などもできる。さらに、もっとも面白いのはコンシェルジェ・サービスだ。センターに問い合わせると生身のオペレータが携帯電話回線を通じてカー・ナビゲーションを遠隔設定してくれたり、グルメ情報など臨機応変に情報提供やアドバイスしてくれるという。機械の操作が苦手な女性やお年寄りにはうれしいサービスだ。
ITはとかく、人手を介さない自動xx、オートxx、といったシステムばかりだが、予測もしない状況に置かれるのは実はありがちなことで、生身の人間のアドバイスは実は運転者にとって最も重要なサービスだ。センターのオペレータはこちらの位置情報は常に把握していて、見方によっては常時監視されているようだが、実は見守っていて欲しいといった心理はそれを上回るのではないだろうか。テレマティクス・サービスの画竜点睛は生身の人間が安全を見守ることかもしれない。
データリソース社では、「テレマティクス」関連の下記のレポートをお取り扱いしています。
デジタル車載通信システムの技術、次世代のテレマティックシステム The Digital Car: OEM Strategies, Challenges and Opportunities in Global Consumer Telematics(米国 アライドビジネスインテリジェンス社)
アフターマーケットのテレマティックス市場調査 Aftermarket Telematics: Global Market Opportunities for Next-Generation Automotive Navigation, Safety, And Security Services(米国 アライドビジネスインテリジェンス社)
フリートマネジメントシステム市場調査 Fleet Management Systems(米国 アライドビジネスインテリジェンス社)
X-By-Wire:自動車の多機能化および次世代の安全制御システムの戦略分析 X-By-Wire: A Strategic Analysis of In-Vehicle Multiplexing & Next-Generation Safety-Critical Control Systems (米国 アライドビジネスインテリジェンス社)
自動車用エレクトロニックシステム Automotive Electronic Systems: Emerging Markets for Powertrain. Safety. Chassis Control and Infotainment Systems And Their Effect On Semiconductor Demand(米国 アライドビジネスインテリジェンス社)
自動車用燃料電池:市場化への課題、飛躍的に成長する技術と主要プレーヤ Automotive Fuel Cell Markets: Global Market Issues. Technology Dynamics and Major Players(米国 アライドビジネスインテリジェンス社)
自動車用の無線ネットワーク:自動車プラットフォームへのWLANとPAN技術の浸透状況を検証 Automotive Wireless Networks: Examining The Proliferation of WLAN and PAN Technologies Into The Automotive Platform(米国 アライドビジネスインテリジェンス社)
車載技術としてのMEMS:技術革新を促進 MEMS in Automotive: Driving Innovation(米国 インスタット/MDR社)
テレマティクスとM2M:進化するポータビリティー Increasing Profitability with Telematics & M2M(英国 ARC グループ社)
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