地上波デジタルで放送とインターネットが融合するシナリオ (ITアナリスト 志賀竜哉氏)
2003年7月25日号
概要
今我々が視聴しているアナログ式のテレビ放送がデジタル方式に替わるのが、わが国放送業界始まって以来の大改革、地上波デジタル放送だ。日本では2003年末から東名阪の大都市圏から地上波デジタルの試験放送が始まるが、総務省の打ち出した計画では2010年までにはすべての地上波がデジタル放送になることが決まっている。実は米国では1998年から、英国でも実験放送は始まっている。確かに膨大な設備投資は誰がどう負担するのか、当面は既存のTVでみるために家庭で必要になるアダプターをどうすればよいか、など負の側面をみるとうんざりすることも事実だが、それはさておき、ここでは地上波デジタルではむしろ従来のテレビにITの要素が融合する側面に注目し、放送とインターネットが融合するシナリオを考えてみたい。
■欧米での教訓
先行する欧米ではデジタル放送からどのような教訓が生まれているのだろうか。デジタル放送の特徴は、ハイビジョン(高画質)、多チャンネル、多サービス、双方向性などといわれるが、さらにデジタル放送を生かす視聴法のひとつに、蓄積型放送(あるいはサーバー型放送)というのがある。番組を溜め込んで自分の好きなときに好きな番組をみるものだ。最近ではハードディスクビデオも普及し、これに近いことはできるが、デジタル放送では使い勝手はもっと良くなる。たとえば、映画コンテンツや音楽コンテンツなどは、放送といいつつも一気にダウンロードできる。また、生放送なのに多少時間をずらしてプレイするタイムシフト機能もある。いずれにしても一度録画して時間の束縛から解放される便利さだが、一度ハードディスク上に録画することがポイントだ。実はこれらが実は広告業界にとっては悩みの種だ。
■TVCMの危機
というのも、「CMなしで録画したい」と答えた人は、ある調査会社の報告では、英仏独の3カ国とも5割を越える。好みのキーワードを与えてヒットした番組を片っ端から録画する「自動録画機能」や、サッカーのゴールシーンなど決定的瞬間に邪魔が入っても繰り返し見ることができる「タイムシフト機能」などは案外関心が高くない。つまり、デジタル放送でもっともダメージを受けるのは広告料金で成り立つ民放と広告業界ということになる。かつてアナログのVTRメーカーが広告飛ばし録画機能を企画したが、録画精度の面で完成度は低く、広告/放送業界に大きな打撃を与えることはなかった。ところがハードディスク録画では再生時に広告飛ばしが簡単にできる。アナログVTRだと早送りでも多少画面が見えるが、これは瞬時に飛ばせる。ゴールデンタイムのCM料はテレビ局の屋台骨を支えているが、それがデジタル放送では危機に直面する。
■テレウェッバーの行動分析
一方の米国では現在3,920万世帯にデジタルケーブルTVかデジタルサテライトテレビが普及しており、双方向サービスが徐々に定着し始めている。まず注目したいのは米国の4,420万人の成人は、テレビを見ながらインターネットを楽しむ習慣があるTeleweberであると言うことだ。彼らの視聴スタイルは、
○ Teleweberの8割はテレビを見ながらチャットやメールはしない。
○ Teleweberの7割は視聴者参加番組で投票など参加行動はとらない。
○ Teleweberの8割はeメールで番組の問い合わせはしない。
つまり、双方向性で期待されたユニークな機能のいくつかはほとんど意味のないことがわかってきた。しかし、
○ Teleweber 3割はスポーツ番組の最中にインターネットで関連情報を取りたがる。
○ Teleweberの4割はあるニュースの関連事項をインターネットで取りたがる。
○ Teleweberの7割はテレビに出てきた商品の情報をインターネットで入手する。
○ Teleweberの4割はテレビに出てきた商品をどこで買えるかををインターネットで調べる。
これらの視聴行動は新しい動きとして注目すべきだ。つまり番組の中に一歩踏み込めば人々の関心は高くなり、そこでインターネットを使う需要が高くなるということだ。このあたりに、欧州の広告/放送業界が直面しようとしている問題の解決ヒントがある。
■溶け合う番組とCM、溶け合うTVとインターネット
つまり、蓄積型放送やハードディスク録画では従来型の番組の幕間に挿入するCMの効果は比較的低くなるが、番組の中で使った製品の詳しい情報は番組をタイムシフト機能で一時的に止めて小さなWindowsで区切ったWeb画面を呼び出し、より詳しい商品情報を得たりする。「最近のトム・クルーズ出演の映画って何だっけ?」と予告編のビデオクリップをみたり、ブラッド・ピットが使っていた携帯電話の動画広告をみたりする。一方的に流される広告より関心を持った事柄にリアルタイムでアクセスできると高い広告効果が得られることはいうまでもない。
また、買い手がその気になっているときにアクセスしてくるBtoCのEコマースにおいても動画による魅力的な広告の効果は非常に高いものがある。つまり単なるビデオクリップからオンデマンド・CMクリップの領域を確立することでインターネットとの融合に地上波デジタルの活路が見出されると考えるべきだ。重要な点はインターネットもブロードバンド、テレビの画面内でWebによる動画配信を見ることが多くなり、視聴者はWebなのかどうかをあまり区別しないで番組を楽しむようになるだろう。かくして、地上波デジタルを契機にインターネットと融合すると考えられる。
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