DRI テレコムウォッチャー/IT ウォッチング

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  「タイムリーヒットを打て」。携帯電話と電車の改札のコラボレーション
  (ITアナリスト 志賀竜哉氏)
2003年6月25日号

概要
 最近電車の中で携帯電話で大声で話す不埒者はさすがに少なくなったが、乗客がバッグから二つ折りの携帯電話をさっと取り出し、黙々と親指を動かしメールやデータ通信にいそしむ人々の車内風景は極当たり前のものとなってきた。我々の生活に密着した携帯電話を顧客との接点に活用する動きは盛んに行われているが、携帯電話のメール機能と通勤/通学定期を同期させタイムリーなメッセージを発信することで携帯メールの新しい効用を見出そうとする試みが行われている。小田急線沿線で実施されているGoopasだ。ポイントは通勤通学のタイミングと方向を捉えており、これまでの携帯メール広告とは一味違った戦術だ。

■最近携帯メール事情と乗降客

 2003年4月現在でわが国の携帯電話の契約件数は7,625万件、うち84%にあたる6,379万件がIP契約、すなわちiモードやSkyWebなどのインターネットや電子メール機能が使えるようになっている。特に近年携帯電話でも電子メールの利用は大幅に増えており、各携帯電話通信事業者でも電子メールから上がる通信料金はドル箱的存在だ。NTTドコモによると2002年末における同社ネットワークを流れる非音声トラフィック(電子メールやインターネットなどのパケット通信量)は全体の20%であったが、2005年には50%を超えると予測を立てている。すなわち携帯電話の役割が変化するわけで、このあたりから携帯情報端末と呼ぶようになるかもしれないし、端末の形状も変わってくるかもしれない。最も重要なことは、我々の生活にもっともっと奥深く携帯が入り込んでくることだ。
 さてそれでは何を契機に携帯電話が我々の生活にもっと入り込んでくるかだが、まず通勤定期とのマッチングがある。両者の相性は非常に良く、ガートナーの調査でも7割以上の利用者が賛同している。NTTドコモもJR東日本と協力しICカードタイプの定期券Suicaを携帯電話に埋め込んだ製品が今秋から発売されることになっている。これは物理的に融合するケースだが、自動改札機を作っているオムロンが中心になって小田急電鉄や東急電鉄など私鉄と協同しているのは携帯電話と定期券が論理的に融合するケースだ。

■Goopasとは

 オムロンという会社はもともと工場向け制御機器や電子部品、駅の券売機や自動改札機、銀行の自動預金支払機など幅広く精密機械の製造と運用を手がける会社だ。わが国で初めて自動改札機を開発した会社として知られているが、この分野では第一人者の企業だ。駅の自動改札機はそれ自体画期的な開発で、NHKのプロジェクトXでも紹介されたが、これもすっかり大都市圏では生活に溶け込んでおり毎朝晩黙々と通勤通学客を通している。ただ単に正確に定期券をチェックし通しているだけではもったいない。何か付加価値をあたえることは出来ないだろうかと考えられたのがGoopas(グーパス)だ。語源はGood PassportとGood Passgateという。
 これは利用者が定期券を自動改札機に通すと、改札機側が感知しあらかじめ登録してある携帯電話のメールアドレスにオムロン側が運営するサイトから広告入りのメールが届くというものだ。改札機を通過してから5,6秒後のタイミングだ。あたかも改札機から直接受け取っているような感じだ。あらかじめ個人の趣味や好みを登録しておくことで個人に合った内容の情報が届けられる。ここまでは他の携帯メール広告会社がやっていることとあまり変わりはない。携帯電話向けの広告は個人に特化した広告展開ができると当初期待されたが、受け取る側にパケット料金が発生すること、画面が小さく表現力に欠けること、迷惑メール扱いされることなどから、期待したほど広告としての効果は上がらなかった。最近ではクリック保証型、クーポン型、くじ型などさまざまな工夫をしないと通用しなくなってきている。また広告を出すタイミングも重要だ。突然メールがやってきても、それが“彼女”からの大切なメールを待っていたのに、登録してあるとはいえ突然の広告メールではお邪魔虫扱いされるにちがいない。

■情報と広告をブレンド

 Goopasのユニークな点は、駅の改札を通過した時に必ずメールが来るとあらかじめ分かっているため、“覚悟”が出来ているため不快な思いはしないことだ。利用者によっては慣れてしまえば、通勤時に受け取るメールでリズム感が出るらしく、生活に潤いが湧くという。また改札の「出」か「入」かで、この人は朝これから仕事に出かけるのか、夕方仕事を終えて帰宅しようとしているのか、すなわち動線の方向が判断できるため、少なくとも状況に合ったメッセージが送られる。とたえば、朝であれば今日の運勢とかランチクーポン、あるいはワンポイント英会話とグルメ情報、帰りであれば映画館など娯楽情報やファッション系ショッピング情報、地元スーパーのお買い得情報やクーポンなど、ある程度生活の状況に応じたタイムリーな情報を広告とブレンドして流すことで、生活に密着した情報源としての地位を確立しようとしている。
 面白い試みとしては、電車の中吊り広告で間違い探しゲームを行い、携帯メールの返信で回答するようなゲーム性を取り入れたり、アンケートに答えれば自分自身が分かる深層心理ゲーム、あるいは商談に役立つミニ薀蓄(うんちく)、教養雑学などの情報と広告をブレンドすることで、飽きさせないばかりかなくてはならない朝晩の情報源として認知させようとしている。

■タイムリーヒットでよみがえる携帯広告

 これまでの携帯広告では、個人のプロファイルに応じたパーソナライズされた広告は存在したし、時々に応じたあるいは場所に応じて発信する広告メッセージも存在した。Goopasのユニークな点は、これらの条件にさらに“方向性”を重ね合わせた点だ。つまり、下北沢駅から乗って新宿駅で下車する乗客であれば、その時間帯に応じて新宿にあるお店まで誘導することも可能になってくる。また電車の待ち時間や乗っている間の10分、15分といった中途半端に暇な時間に電子メールを見る確率は非常に高く、iモードの成功も通勤通学のこのニッチな時間を攻略出来たためとされている。それだけにメールの精読率も高く、配信数に対し概ね25%が何らかの返信をしている。さらに、返信メールの50%はメール送信後15分以内に送られており、リアルタイム性が高く、アンケート調査にも有効であることがわかってきた。
 小田急沿線で2003年2月から実施しているGoopasは、5月時点で会員数2万人強、広告配信クライアントとしては、20世紀FOX、NBAジャパン、UCC上島珈琲、サッポロビール、ぴあ、など数十社。会員の年齢構成比としては、10代が15%、20代が35%、30代が26%、40代が13%、50代が5%で、10代〜30代のメール世代が主なターゲットとなっている。

■タイムリーヒットを打て!

 さて、その広告効果だが、オムロンの資料によると東急線の乗客に渋谷のある店舗に誘導する実験では概ね25%の受信者がその店舗の情報をクリックし、そのうちの約5%の客の誘導に成功している。また、携帯サイトへ誘導し、会員化を目的として事例では配信日は通常の35%〜48%の会員化増が確認されたという。
 このGoopasの試みだが、携帯電話と通勤定期のコラボレーションで、従来型の携帯電話メール広告にタイムリー性と方向性が重なり、より広告効果を増強できることが実証されたわけだが、この考え方は他にも応用できる。たとえば、スーパーマーケットに入った瞬間に受け取るメール広告、銀行のATMでお金を受け取った瞬間に受け取るメール、あるいは空港に入って行うべきチェックポイントが書かれたメール広告など、それぞれのTPOにあわせて発信すれば極めて効果的な広告メールとなる。これまで、タイミングと場の空気にあわないばかりに幾万もの広告メールが“迷惑メール”とされていたかもしれず、タイミングさえ合えば貴重な情報となっていたかもしれない。ヒットはタイムリーに打たないと試合には勝てない。


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