電子チケットから電子財布へ。「香港オクトパスカード」 (ITアナリスト 志賀竜哉氏)
2003年2月25日号
概要
今年からわが国でスタートする住民基本台帳ネットワークカードの発行を契機にICカードへの議論が高まるものと期待される。非接触型でマルチアプリケーション機能が売り物で、おそらくここ数年最も普及する最小のコンピュータの1つだ。果たしてどのような普及の道筋があるのだろうか?ここでは一足早く交通系のICカードで小額決済を成功させ、ICカードが市民生活の重要な基盤として普及している香港のオクトパスカードを考えてみたい。
■オクトパスカードとは
オクトパスカードは1997年に公共交通機関向けの専用カードとしてオクトパス社がスタートさせた。思いのほか利用者から好評で、共通の小額決済システムとしての機能を模索することになった。この成功には2つのポイントがある。まず、ユーザーに強力なセルフ・サービスの習慣を確立させたこと、次にこのことが一般の小売業界の決済技術開発を加速したことだ。
オクトパスカードは当初ここまで広く普及するとは想定されておらず、まずは交通機関の混雑緩和、コスト削減程度の狙いしかなかった。当初ソニーの非接触型タイプII、8ビットCPU搭載のFeliCaが採用されたが、それが今ではシンガポールの公共交通機関、JR東日本のSuicaでも同様の技術が採用されている。地下鉄や電車では改札にあるスキャナーがカードを瞬時に読み取り、認識、計算、書き換え、残高を表示するといった作業を3分の1秒以内でこなす。
■相互運用性を確保し小売店、ファストフードでも
香港の主要な交通機関はオクトパスカードのビジネス・パートナーであり、事業計画や広域的に共通に使えるキオスクの実現などを推進している。今では多くの店舗で導入され、いたるところにリーダー/ライタが置かれ、顧客が容易に残高チェックしたり、電子キャッシュをリチャージできる。従ってカードのリーダ/ライターは個人で持たなくても良い。こういった特性から近来まれに見る成功ぶりで、香港の実に95%以上の成人が携帯し、一日平均7百万トランザクション、一人一回平均7香港ドル(約100円)の取引だ。香港の人口700万人だが、発行枚数は850万枚と言われている。このような普及の背景には、香港の人口密度の高さと公共交通機関への信頼の高さがあったことは否めない。このICカードの良さはまず、改札の混雑を緩和したが、カバンや財布からわざわざ取り出す必要がなく、非接触型であるためカバンごとスキャナにかざすだけで通過できるあたりが人気の秘密だ。
オクトパスの成功の最も重要なカギは複数交通機関での相互運用性にある。実は香港から目と鼻の先のマカオでは新交通決済システムが失敗の憂き目にあっている。というのも二つのバス会社が別々に電子チケットシステムをはじめたが、相互運用性をとらなかったためだ。旅行者は実は様々の交通機関のコンビネーションで目的地に行くが、だからといってそのために二つのバスカードを用意することなどしなかった。オクトパスカードは1枚で10種類の交通機関が使え、それだけで利用者に非常に大きな利便性を提供し、なおかつ迅速な決済機能をも提供している。さらにその決済機能は多業種にも広がる一方だ。
香港有数のスーパーマーケットPark'N Shop、ドラッグストアのWatson's、セブンイレブン、スターバックス、マクドナルドなどいくつかのファスト・フード店でも採用されている。オクトパスは利用店舗に対しコミッションを決済額の1%を課しており、これがカード発行者としての手数料収入だが、店舗側も料金収受の手間が省けて売上が向上している。キャッシュレスでの衝動買いを取り込むことが出来たためという。オフィス、学校、ショッピングモールなどの3,000台以上の飲料水自動販売機にオクトパス・スキャナーを備え、公衆電話機、自動写真撮影ボックス。駐車場などでもオクトパスカードが使えるようになってきている。また、公営プールなどのリクリエーション施設の入場料決済にも利用され始まっており、電子チケットの機能を果たすようになってきている。
■期待される日本固有の展開
香港のオクトパス革命は小額決済システムとしてスタートしたが、決済機能だけでは終わりそうにない。というのもオクトパス・カードはそれぞれ固有のIDナンバーを持っており、現在では約4万枚が家庭の電子セキュリティ・パスに使われ、証明、認証の役割を担いつつある。今後いくつかのクレジット・カードやデビットカードの取引をリプレースする可能性は高く、小額決済ビジネスは携帯電話会社も虎視眈々と狙っているが、香港ではこの非接触型ICカードが大きくリードしたと言ってよい。
日本では携帯電話の人気が高く、ドコモとJR東日本がSuica入り携帯電話を開発し、2003年度内のサービス開始を目指している。若年層を狙った戦略だが、ビジネスマンからも支持されるだろう。携帯電話と組み合わせると携帯電話がリーダー/ライタの役割を果たすため非常に便利だ。香港のオクトパスカードは交通機関小額決済機能からスタートし、一般小売りの小額決済電子財布機能を付加し、さらには個人認証機能の活用へと発展しようとしている。一方日本では多くのユーザーが潜在的にマルチアプリケーション機能を期待しており、相互運用性を確保すれば何らかのきっかけで急激に普及するだろう。住民からの住基カードそのものに対する利用意向は相半ばするが、今年8月のスタートでICカードの論議が深まり、同様に2003年内にスタートするSuica付き携帯電話のサービス開始で普及の糸口が開くものと期待される。
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