どこにでも置けるコンピュータ“SPOT”をマークしよう (ITアナリスト 志賀竜哉氏)
2003年1月25日号
ユビキュタス時代のコンピュータの最小単位はスマートダストやRF-IDなどの無線タグ系の技術であろう。しかし、人間が日常的に情報と接点を持つ機器は家電品を含め他にも山ほどある。マイクロソフトのビルゲイツ会長は今年の1月のCES(コンシューマーエレクトロニクショウ、ラスベガス開催)で、SPOT(Smart Personal Object Technology)として新たなインターネット・アプライアンスを紹介した。いくつかのメディアの評価では、「どこがスマートか?」「期待はずれ」など散々な結果であったようだ。しかし、コンセプト自体や背後にある技術などを見るとその方向性はまんざらでもなさそうだし、米国人の考えるユビキュタス・コンピューティングを考える材料としてマークしておくのも悪くはない。
■SPOTとは
SPOTは先のコムデックス/Fallでも触れられてはいたが、小型のワイヤレス・ネットワーク接続型デバイスで、JAVAアプレットのような小さなアプリケーションとコンテンツをダウンロードして表示するものだ。組み込まれる機器の例として、腕時計、置時計、テレビ、エアコン、冷蔵庫、など何でも考えられる。表示部は腕時計ほどの限られた面積(96X120ピクセル)であるため、パソコンやPDAなどのように情報に積極的に関わる使いかたではなく、時間をチェックするときのような簡単な関わり合い方に適しており、どういった情報を表示させるかは利用者があらかじめ登録(パーソナライズ化)して使うようになるという。パソコンやPDAなどから情報を登録することになる。
ワイヤレス・ネットワーク・インフラとしては、低コストで広い領域を確保したいためFMラジオの周波数帯域を使うことから、インフラ面で大きな負担になる投資はしなくて済みそうだ。日本でもFMラジオで「見えるラジオ」といって、現在流れている音楽のアーティストや局紹介のテロップなどが小型の液晶でテロップされているが、どうやらそれをイメージするとわかりやすい。「見えるラジオ」は片方向の放送だが、SPOTは25MHzのCPUと512Kバイトのメモリがあり、インテリジェント機能と双方向性を持ったネットワーク情報機器であることが異なっている。ちなみに1981年8月に発表されたの初代IBM-PCは4.4MHzのCPUと16Kバイトのメモリであった。
■腕時計メーカーにとって大きいインパクト
今回は時計機能を中心に紹介されたため、一見すると腕時計のコンピュータ化とみられがちだ。そうなると過去にもカシオやタイメックス社が腕時計コンピュータを発売しており、SPOTの意義が矮小化されそうだが、ネットワークデバイスであることが大きな違いだ。ちなみにタイメックス社の腕時計は10年程前の製品であったが、パソコンに入れてある住所録や電話番号を独自のソフトでディスプレイ部をモールス信号のように点滅させ、それに腕時計をかざすことで入力をしてしまうアイデアであった。目新しさはあったが、文字入力だけが便利になったくらいで、腕時計で住所録や電話番号を見る習慣が根付かなかったため、ビジネス的な成功は見られなかった。
今回SPOTの第一番目の搭載デバイスとして、シチズン、Fossil、Suuntoの3社が製品を出す予定だ。このことは実は腕時計メーカーからすれば画期的なことだ。かつてパソコンがスタンドアロンからネットワークに接続されて大変革がおきたが、腕時計メーカーにもその変革のチャンスが回ってきたと言える。問題は腕時計メーカーがどのようにSPOTを仕上げていくかだ。現時点で考えられている情報サービスは、時計(時差修正などの機能あり。米国では東部と西部で3時間の時差があるので旅行者はしょっちゅう時計の修正をしている)、ニュース、スポーツ速報、カレンダー、渋滞情報、レストラン案内、メッセージ(受信のみ)、天気予報、株価情報、映画館情報、ゲーム、といったようになっており、どの情報をダウンロードするかは利用者が選ぶ。このあたりは日本のiモードの方が先を行っているので目新しさはないが。いずれにしても、これまでもっぱら時間や日付を表示するしかなく、ファッションやデザイン面、あるいは貴金属的価値としての競争しかなかった時計業界にとっては、重大な変化の局面を迎えているのかもしれない。
■どこにでもある便利さ
さてその将来性だが、携帯電話によるWebサービスに慣れてしまった日本人にとっては情報の提供だけであったら全く面白みはなく、このままでは通用しないであろう。しかしながらそのシンプル性、低価格性、組み込み性を生かすことで十分ユビキュタス・コンピューティング実現の一翼を担うことが出来るものとみている。マイクロソフトでは冷蔵庫などにメモやレシピなどを貼り付けておくマグネットパッドの使い方を提案しており、主婦がいちいちパソコンを見なくとも料理の簡単なレシピやごみの日の日程などをSPOTでチェックすることが可能になる。これがどこまで便利かどうかはわからないが、こういった利用面のアイデアは実際にユーザーに使われてから面白いアイデアが出ることがある。前述のSuunto社はスポーツウォッチのメーカーだが、彼らは腕時計に高度計、気圧計、脈拍モニタを内蔵させた新たな健康スポーツウォッチを企画している。また、SPOTとGPS追尾装置を組み合わせナビゲーション機能を持たせ、道案内のWebサービスさせる計画もある。携帯電話と組み合わせることで場所応じて情報ソースを使い分け、通信料を節約することも出来る。最も期待できる点はその低価格性だ。現時点では時計にすると150ドルになるようだが、10ドルくらいになれば、自室、トイレ、車の中などにおいておくこともでき、パソコンと連携し局面に応じて様々な情報を表示することが出来るようになる。携帯電話はどこにでも持ち歩ける点で確かに便利だが、どこにでも置いておける利便性といったものもユビキュタス・コンピューティングを実現する上で重要になるかもしれない。
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